淡路プラッツ

特定非営利活動法人青少年自立支援施設

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スタッフエッセイ | プラッツからのメッセージ

手仕事の居場所をつくります。「テシゴトプラッツ」

宮武小鈴

こんにちは。プラッツに来たのがふた昔前になろうとしている宮武小鈴です。

某メンバーからは座敷わらしとか、プラッツに棲んでるとか言われ、先日は南河内プラッツでも妖怪扱い、どっちにしても人以外なイメージが定着してしまっています。なんで?

 実は中学生の時から、ちょっとそういうイメージみたいでした、そういえば。いや、今日はそんなことを言いたいのではないんですよ~!今日は「テシゴトプラッツ」の新展開のさわりをお伝えしますね!

「テシゴトプラッツ」という支援メニューをつくります。

 昨年度は内職プラッツやギルド部など、淡路プラッツメンバーで手仕事をしよう!という気運を盛り上げて参りました。

 スタッフで、これらを発展させて居場所以外の新しい支援メニューとして立ち上げようということになり、半年以上ミーティングを重ねてきました。

プラッツでの就労にむけての取り組みは、トライアルジョブという居場所以上ボランティア未満のメニューがあります。

 「テシゴトプラッツ」はそれ以上に就労訓練要素が多いメニューなのです。

 プラッツ引っ越し後、今年中に開所予定です。

「居場所」と「テシゴトプラッツ」の違い

 居場所支援では、対人関係に慣れコミュニケーション能力を上げていくことに重きが置かれます。プライベートの自分というものを起点に社会性をちょっとずつつけていくイメージですね。

 一方、テシゴトプラッツでは最初から意識して「社会的な自分」を作っていきます。具体的には開所時間にきちんと来ること、挨拶、業務内容の遂行、報告連絡相談など仕事の現場で必要なスキルを体得します。

手仕事テシゴト

 手を動かすことは、大切なことですよね。それで何か「物」をつくれると自信がつきます。毎週手を動かし続けて、「段取り」なんかも身に付きます。ストイックです。居場所に来て、毎回手仕事で納期があったら。。。みんな来なくなりますね。しかし、就労に向けて訓練をしたい若者にとっては作業することで充実した時間を過ごせます。またこの間にたくさん失敗ができます。そこから復活する方法を一人でかかえこまずに相談できるので、社会に入っていきやすくなります。

応援してください!

テシゴトプラッツには必要な備品があります。

例えばお家で眠りこけているミシンがあれば、ぜひともご寄付いただけませんでしょうか。

また、買ってはいたけど箪笥で肥しになっている布たちも寄付いただければありがたいです。その他、縫製関係で必要なアイテムなどなど大大大歓迎です!ぜひプラッツまでご一報ください。

テシゴトプラッツでは、淡路プラッツグッズを作ります。

「プラッツぐるぐるグッズ」。今まで、機関紙ゆうほどうが皆様と淡路プラッツの掛け橋でしたが、ぐるぐるグッズも楽しい掛け橋になりますように!乞うご期待!

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入り口は何でもいい

石田貴裕

 

ある場面で自然と流れてきたり、思い出したりする曲やフレーズはありませんか。私の場合ですが、例えばずっと親ごさんと面談していてある時、急に本人が来てくれた後にふと頭の中にこの曲が流れてきたり。またある時は、一対一の面談をしていた若者が次回は何となく居場所に行ってみようかなと希望した後に、ふとこの曲を思い出したりします。井上陽水奥田民生の「手引きのようなもの」という20年以上前の曲なのですが、なぜだかわかりませんが、ふと自分が黄昏れているタイミングで頭の中に「道なりに~、道なりに~♪」と流れてきます。まあ、わからんことはなく、自分の心持ちがそういう情景とリンクするということなのでしょうが、「あ、またこの釣りの歌の感じやな~」となることが何だか面白く、また大事にしたい感覚だなあと思っています。

 

「支援者っていう人を疑ってたし、信用できないし、毛嫌いしていた」。「NPOって怪しいし、よくわからないし、どうせ偽善団体やろうから行こうと思わなかった」。「別に困ってないし、相談したいこともない」。「誰かに相談したり、来てもらうなんて終わってると思っていた」。これらは後々にプラッツや支援機関に繋がった若者たちからよく聞く言葉です。支援者としてグサッとくる言葉もあれば、「そうね、わかる、自分も支援者って聞くと怪しく感じるし、何か上からで、何様?って思っちゃうな」と納得できる部分もありますし、「でも私も、すいませんと思いつつ支援者って名乗っているんです」という葛藤もあります。この矛盾を感じながら関わっているので親ごさんには会えても、当然ご本人には会えないし繋がれないことも多く、だから支援者は万能ではないし、プラッツも居場所支援も万能ではないなぁと力不足を痛感する時があります。居場所のもっともっと前のきっかけや入り口の話なんだよ、と。そんな気持ちの浮き沈みの際中にまたどこからともなく「山なりに~、山なりに~♪」と歌が流れてくることがあって、「あ、そうだ。万能じゃなくていいし、そんなことより何か届くことや面白いことを探そう。創ろう。何かないかな」とまた動き出せるときがあります。

 

この曲のテーマは釣りですが、それこそ入り口は一緒に釣りに行くでもいいし、音楽でもいいし、アニメでもいいし、声優でもいい。漫画でも、ゲームでも、PCでも、スポーツでも、ウォーキングでも、政治でも、哲学でも、宇宙や科学や日向ぼっこでも、とにかく入り口は何でもいいと思っています。そこからゆるっと繋がるきっかけにさえなり得れば。でも一方で、何かのご縁でプラッツや支援機関のことを知ったけど、「まだ今はタイミングじゃない」と思っているご本人にとっては、きっかけと言われてもそれはただの“いらんお節介”になってしまいます。その場合は、全然ゆるくないだろうし、嫌悪感もあるし、期待なんてできないかもしれません。ですので、その時はもちろん引き下がりますが、また折を見てはゆるっと繋がろうと試みます。お節介でごめんなさいとは思いつつ、でも居場所やプラッツには「あの入り口があったから、そこから少しずつ広がった」と話してくれるご本人たちが居るので、だから私たちも諦めずに何とか入り口の取っ掛かりを探したいと思っています。たとえそれが支援者のエゴだと言われても、それでもその先にいるご本人は“ずっとこのままでいい、ずっとこのままでいられる”とはやっぱり思いきれていないと感じているので、それを思いながら今日もきっかけ探しの迷走を続けています。親ごさんとの連携を重ね、言葉を選び、態度を選び、熟考と勢いの微妙なバランス感覚を研ぎ澄ましながら。もはやそんな時は、支援者だろうとそうでなかろうとどっちでもいいし、誰でもいいからとさえ思っています。ともかく、ご家族以外の誰かとゆるっとでいいから繋がって欲しい、そう思いながら、顔や声や態度には出さないけれど、歌詞にあるとおり「どうか届け」と心の中で呟いています。

 

先日も若者ご本人が、己の声に従って新しい一歩を踏み出す場面がありました。いいか悪いかは誰にもわかりませんし、いいか悪いかで測るようなことでもありませんでしたが、その時もふと、「それなりに~、それなりに~♪」とこの歌が浮かんできたので、この度その思いを文章にしました。みんなが自分のタイミングで納得して踏み出せることを心から願い、私はそれを応援しています。

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価値観

藤村 泰王

エッセイを書く時にいつも感じることは、自分が体験したことや感じたことを搾り出しているように感じます。エッセイを書くたびに自分の過去と現在を行き来して様々なことを感じ、自分の変化に気付く。そして、変わらないことに悔しさや焦りを感じ、また、変えたくない部分に関しては、変わっていなくてよかったと安心することもあります。

 

今回、エッセイを書くため、自分を搾り出していく中で感じたのは、自分の価値観の変化です。働き出した頃と現在の自分を比較すると大きく変わっているように思います。年齢を重ねたことで変化した部分もあるでしょうが、変化をもたらした大部分は今まで関わらせてもらった本人や家族の存在がとても大きいと思っています。

 

働き出した頃の自分が強く持っていたものは「~すべき・~ねばならない」という思いが強かったことを覚えています。それが、面談等で本人や家族と関わる中で語られた価値観を知ることで「自分とは違う価値観」を発見し、それを素直に受け入れられない「自分自身の価値観の狭さ」を発見していきました。

そこから、現在は「自分とは違う価値観」をだいぶ受け入れられるようになったなと、今回エッセイを書きながら感じることができました。これは自分が成長しているという自信になり、エッセイを書くにあたり自分を搾り出した甲斐があると1人でニヤニヤしている次第です。(笑)

 

物事を見たり、聞いたり、感じたりする時、自分の価値観が基準になります。その基準になる価値観の幅が狭いと物事の一部分しか見えず、偏った見方・考え方・感じ方しかできないことが多いように感じます。当たり前のことですが、生活の様々なことでしんどい事がない時はあまり問題ないのですが、ひとたび何かしらの問題が出てきた時に考え方・感じ方の幅が狭いと解決方法が見つかりにくくなってしまいます。

そこで様々な価値観に触れて幅が広くなっていると、何か問題が起こっても様々な考え方・感じ方ができ、対処方法を見つけやすくなるのではないかと思います。そして、もしかしたらしんどさを感じない可能性もあるかもしれません。

 

僕自身の話ですが、様々な人と話をする中で「そんな考え方・感じ方をする人もいるんだ!」と知り、様々な価値観に触れることで、自分の価値観が壊れ、再度、作り直す作業を無意識に行ってきたようです。無意識にと言うのは振り返ってみて変化していることに気付いたからです。そして、様々な価値観を取り入れることで物事に対しての考え方・感じ方が変わり、自分自身がとても楽になったように感じています。

 

プラッツで若者たちの話を聞いていると「仕事」に対して、マイナスのイメージで捉えていることが多いように感じます。仕事に対しての価値観がマイナスの考え方・感じ方が強いような印象がある。確かに仕事をすることは様々なしんどさや不安があるのは間違いないですが、それだけではなく「楽しみ」や「やりがい」があると僕は感じています。これは、自分が仕事を続ける中や様々な人の話を聞くことで作り上げた価値観なのだと思います。なので、僕はプラッツに来る若者たちに仕事の話をする時に「しんどいこともある。でも、楽しさを感じることもある」と話しています。仕事に関わらず、様々なことに関していろいろな価値観に触れてほしいと思っています。家族やプラッツのスタッフだけでなく、他の若者の親御さん、就労実習の受け入れ先の社会人、ボランティア、アルバイトの学生、他機関の職員等、プラッツに関わっている人だけでもたくさんの価値観があります。もちろん押し付けるつもりはないですし、聞きたくないということも受け入れたいと思います。

 

僕自身もこれから様々な人と出会い、10年ぐらい経った時にまた価値観が変わっていると思います。どんな風に変わっているのか楽しみでもあり怖くもありますが、今は楽しみの方が勝っています。今回感じたように10年後にも良い変化を感じられるようになっていればいいなと願っています。

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つながり

浅井 紀久子

ようやく少しずつ冬らしくなってきましたが、12月初めは、思いもよらないほど暖かい日が続きました。そんな中、定例のソフトボール交流会が、淀川河川敷のグラウンドでありました。(ソフトボール交流会とは…半年に1回程度、富山のはぐれ雲さんや、クラウドナインさん、フェルマータさん、奈良のNOLAさんなど…いつもプラッツがお世話になっている団体が大阪に集まってくださって、ソフトボールをしています。)

昼間は居場所メンバーも参加してソフトボールの試合をするのですが、夜はスタッフが集まって、お酒の席で交流会をしています。それも楽しみの一つ♪(そして、ありがたいことにその席から参加してくださる方々も…)

 

私は、お酒が少々嗜める体質も手伝ってか(?)、そういった席に非常勤のころから参加させていただいてました。そこで大先輩方のお話を、特に最初の頃は、目を白黒させながらお聞きしていました。とにかく新鮮(現場の話は刺激的!)だったり、歴史を知れたり、事業運営のお話など、本当に勉強させていただくことが多かったです。もちろん、今もですが。…でも、一方で、ぜんっぜん上手く話せない自分がいました。緊張しぃな性格で、気の利いた一言が言えるわけでも勘がいいわけでもなく、「失礼があってはいけないし!」とか変に考えすぎたり、自分の勉強不足も相まって、お話を頭の中で追いかけるだけでやっとこさっとこ。なので、今でこそ“楽しみの一つ♪”とか書いてますが、正直、お酒の席への苦手意識を持っていました。(おおっぴらに書いて、叱られるかしら)ただ図々しくも、「あるよ~」と言われれば、参加し続けていました。それだけお話が興味深かったことと、自分自身の性格上、新しい環境や人に慣れるのに時間がかかることが分かっていたので、続けることを自分で課題にしていたんです。(おおげさ…)

そうこうしているうちに、顔と名前を憶えていただけるようになり、少しずつ自然体でいられるようになってきて、楽しめるゆとりが出てきました。気の利いた一言とかは、今も言えないんですけど…。

 

お酒の席で、上記に書いた以外にも“人と人が交流することの面白さ”も教えていただいた気がします。もちろん、社会人として先輩後輩の上下関係などはあるのですが、そういったことも含めての個人と個人が出会うことの面白さといいますか…。あまりうまく言えないのですが。そして、“居場所”が本当の意味での“居場所”になるまでの、メンバーさんの気持ちに、少し似ているところもあるのかも?とか思ってみたり。自分の立ち位置とか考え出すときりがないのですが、結局のところ、今、目の前にいてくださる人と、自分自身がどういう関係性でありたいかかなぁと思ったりします。せっかくのご縁なのだから、少しでも楽しい時間を過ごしていただきたいな…と。

 

いつも以上に、心の声の駄々洩れ感がある原稿になってしまいましたが…。これからも、淡路プラッツを、どうぞよろしくお願いいたします!

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「テシゴトプラッツ~「手」を動かすと、“イイこと”がある。」

宮武 小鈴

新しい「ないプラ」

昨日は、金曜夜恒例の“ナイプラ”が2階で行われている上階で、別の「ないプラ」を開催していました。恒例は「ナイトプラッツ」という夜時間を飲食しながらまったり過ごす取り組みですが、新しい「ないプラ」は鬼気迫るものがあります。それは「内職プラッツ」。なぜ鬼気迫るのか……それはつまり、納期が迫っていたのです。

東京のHARMONIKさんというところが子どもの遊び場用のアイテムを企画していて、その作成を請け負っています。今回は、造花(これも手作り)を入れる「花束ケース」で材料は布とサテンリボン。裁断、ミシン、手縫い、といった工程があり、その中でとてもおもしろいことが起こっているので、それを今日はみなさんにお伝えしようとおもいます。

 

バーストモード

内職の良いところは「納期」です。若者にとっては、これだけでも社会とつながっていることをおおいに実感できます。「納期」に向かって、「逆算してスケジュールを考える」「実行したけどスケジュールどおりにいかない」「作業の失敗と復活」など、素敵なエッセンスが満載。そして究極は「作業効率を上げるための工夫」ができること。手仕事なので自分のボディを使うしかない、その結果「バーストモード」がやってきます。これは“ゲーム”の中で、パワーがある一定のところまで溜まったら必殺技が使える、というものです。内職では“ちょっとした工夫”を連続することでやってきます。その結果、ひとつ8分かかってた作業が2分になり、×100個するとものすごい時間差が出てきます。しかしこれを得るには、悟空に甲羅を背負わせた亀仙人ではないですが「締切り仙人」からの無言の圧力に立ち向かえるという強さが少々必要なのです。ですのでプラッツの居場所メンバーの中でも、遊びきったのちある程度社会参加を意識できるようになった段階の人に向いています。

 

ボランティアさん募集

手縫いが大好きな方、「ないプラ」のボランティアをしませんか?工賃は「ないプラ」に参加している若者への寄付になります。ご興味のある方はプラッツまでどしどしお電話かメールでお問い合わせください!

 

内職だけじゃない

テシゴトプラッツは内職だけでなく、プラッツらしい手仕事品の企画販売をしようとしています。近いところでは10/27のSabo Platzに登場。食べほメニュー(¥2,000)にオリジナルロゴ(もちろん手描き)のカップがついてきます。おそらく全部雰囲気が違うので、選ぶのが楽しいですよ。お待ちしております!

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見せかけの安定期

石田 貴裕

 

長期間に渡ってひきこもっているご家族の相談をお聞きする中で、いわゆる「見せかけの安定期」にある状態でのご相談があります。このワードは、いろいろな支援者がいろいろな言い回しで表現されている言葉でもあります。

「見せかけの安定期」、すなわち、ひきこもりが長期化して逆に安定してしまっている状態のことですが、詳しくいうと、時に家族とぶつかったり分かりあったり、また外部へも興味が向いたり、でもやっぱり閉じたり開いたりなど長期間の紆余曲折を経て、良くも悪くも今の親子間の状態でそれなりにバランスが取れている、いわゆる凪(なぎ)の状態が続いている時期のことを指します。専門的に言うと、なんとか期、なんとか期、を経てそこに至っていると考えられますが、その辺の分析は今回は置いておいて、ご家族の実感として「大きな動きは無いし、年齢は重ねてはいるけれど、それなりに関係性も安定しているし、何となくこのままでもいけそうだなぁ」という感覚も含みつつの相談です。とはいえ、決して余裕しゃくしゃくとしている訳ではなく、「ずっとこのままじゃいけない気が…」と何かに追い立てられるような思いと焦りと不安を抱えながらワラをも掴む思いで相談に来られます。が、実際にはなかなか動けないし、動かしにくい状況であることがほとんどです。

細かい背景は割愛しますが、そこにアプローチするということは、すなわち“水面に石を投げ込む”ことになります。せっかく穏やかに凪いでいる所にわざわざ波風を立てにいく、そのことは家族としてはたまったものじゃありません。ですから、無理やりには出来ませんが、どこかでそれを意図的に行う機会を、日常にそれを起こし得る可能性を、出来るだけ面談の中で話し合います。なぜなら、「何も起こらない日常に何かをもたらす関わり」、それもまた支援・サポートの一つの形だからです。

もちろん、その一択だけではなく「転機を待つこと」、それもまた一つの形です。例えば、本人が突然動きだした、話し出した。または、助けて欲しいと訴えてきた、感情を露わにしてきた、などなど。そういう事も“あるある”ですが、一方で押し出される形での苦渋の転機もまた“あるある”だったりします。例えば、親が定年した、収入が無くなった、引っ越すことになった、病気になった、亡くなった、本人の年齢が40歳や50歳を超えた(=親も70歳、80歳超えた)、などなど。これら突然起こった転機に対して、ピンチはチャンスと信じて関わることもまた支援・サポートです。ですから、もちろん変わらず“希望ある未来を一緒に創る”ために伴走もするのですが、もし、それも見越してもし、可能であるのならば、転機をただ待つのではなく、出来れば先もって親ごさん主導で、変わらない日常に一石を投じることで、「見せかけの安定期」を動かせる可能性を一緒に考えてみたいと思っています。

「今のままでいい。いらない何かをして今より悪い状態になる方がよっぽど怖い。」そんな言葉をよく耳にします。きっと誰にも分らない辛く苦しい思いがあってのことだと思いますし、ここはご夫婦でも意見の分かれるところでもあります。出来れば避けたい気持ちと、でも向き合うことが必要だと思う気持ちのせめぎ合いと葛藤がそこにはあります。ですので、軽々しく「では、待ちましょう」「では、動きましょう」の二択を迫ることは到底できません。でも、一方で「そうやって時間だけが過ぎてしまいました」、「そう言われて待ったけれど何も変わりませんでした」という言葉もまたよく耳にするのも事実です。

自立支援機関である以上、何とかしたい、力になりたい、とは思っていますが、そんな時に私にかけられる言葉は多くはありません。諦めている訳ではなく、投げている訳でもなく、そう思います。ただ、聞き、悩み、整理して、抜け道を探してはまた聞き話し、その繰り返しの中で出来ることを続けます。出来る限り最短距離を願って。その中で「あの時は待つことが必要でした。では、今はどうでしょう?」この言葉を投げかけることもあり、それも出来ることの一つだと思っています。思った時がスタートライン。その一歩を待ちますし、何かのきっかけでもし、その一歩が出れば全力で応援サポートします。いつがタイミングかわかりませんし、折角やり始めてみたものの“思ってたんと違う”ことだって考えられます。なので、無理強いはしません。でも、それらも全部全部話し尽くして、それでもそこから現実を少しでも動かせる支援機関でありたいと思っています。

流れとタイミングって必ずあります。振り返ると「ああ、ここだったなぁ」って流れとタイミングが必ずあって、これまでに「見せかけの安定期」を動かしてきたご家族がそれを体現してくれています。“思ってたんと違う”それも含め、とにかく今の景色を少しでも変える流れとタイミングを一緒に探したい、創りたいと思っています。景色が変わる、景色が変われば気持ちも変わるかもしれない、気持ちが変われば動かなかった今が動くかもしれません。そうやってまた新たな一歩を一緒に踏み出せることを願っています。

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みんな違ってみんな好い

安原 彩子

4月になり新年度が始まりました。私が担当しているサテライト旭にも、新学年になった子どもたちが通い始めます。日本では当たり前のように4月から会社や学校がスタートします。が、国が変わればスタート時期が違う。メキシコはもちろん4月スタートではありません。確か9月ごろ。新年度?そんな制度?あったかなぁ…。結局、いつスタートを切ってもいいんだなと思います。

 

メキシコと言えば。今年は3年ぶり?プラッツメンバー3人とスタッフ、はぐれ雲の方々他とメキシコ研修旅行へ行ってきました!(私は居残り~。)メンバーがメキシコから戻ってきて初めのナイプラは恒例タコスパーティー。メキシコへ行ったメンバーを中心にタコスを再現。サルサ(ソース)もグァカモーレ(アボガドのディップ)もメキシコ仕込みのレシピです。皆でタコスを食べ、テキーラを飲みながらメキシコ・メラケの土産話で盛り上がりました。「想像以上に楽しかった!」「いいところだった~」「日本食が恋しかった」等など。日本にいたら感じられないことを、日本を出たからこそ感じることができて、無事に帰ってきてくれました。

 

メキシコと言えば。「リメンバー・ミー」アナ雪と2本立て。ご覧になりましたか?私は、もちろん観に行きました。ガイコツたちと少年ミゲルの物語。ネタバレになるので多くは書きませんが、メキシコの文化、世界観がとても表現された映画です。ガイコツは死者の日(メキシコのお盆)の象徴で、とてもカラフル。死=悲しみ、恐怖のイメージとはかけ離れています。死者の日の頃になると、砂糖で作ったガイコツに名前(ホセとかマリアとか)が書いてあるお菓子が売られ始めます。オレンジ色のマリーゴールドの花を飾り、祭壇には死者の生前の写真と好きだった食べ物やお酒をお供えして故人を想う。田舎では、家族でお墓を綺麗に飾り、その周りでご飯を食べたりお酒を飲んで夜通し過ごしたりもします。(リメンバー・ミーの映画のワンシーンのように)日本をはじめ、どの国にも祖先を大切にする文化・風習はあると思いますが、メキシコは特に明るく楽しくカラフル!でも、文化・人種が違っても、表現の仕方は違っても、家族や祖先、人を大切に想う気持ちは同じだなぁと改めて思いました。

 

なにかとメキシコを異文化の象徴のように取り上げてしまっていますが、私も他人からすれば異文化のカタマリ。。。他の人も私からすれば異文化のカタマリ。。。家族の中でも異文化同士のカタマリ。。。居場所は異文化の博物館!!でも違いに囚われず、相手を想い、理解し合うことの大切さを、やはりメキシコ人監督の映画「シェイプ・オブ・ウォーター」を観て思うのでした。

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○をつける

藤村 泰王

面談の中で居場所や様々なことを振り返るがその中で本人達は「出来ないこと」「出来ていないこと」をよく口にし、あれもこれもといっぱい出てくることが多い。反対に「出来たこと」・「出来ていること」を聞くと途端に出てこなくなる。僕がこんなことやあんなことが出来ていたんじゃないと伝えても、「それは出来て当たり前じゃないですか」と。

これは、本人達だけでなく多くの人がそうなのかもしれないが、どうしても「出来ていないこと」がよく目に入る。特に本人達はその傾向が強い。

その割には他人の「出来ていること」にはよく気付き、ちゃんと評価することが出来ているのだけれど。

 

そんな時に本人達に1日1個でいいから自分に丸をつけてみて、そして、それを続けてみてと伝えることがある。丸はどんな些細なことでもいい。例えば、ご飯を食べたでも挨拶をしたでもいい。

これは僕が最初に働いた場所の先輩から出された課題で、実践し僕にとってはとても効果的だった。

当時の僕は同期で入った数人と比べ、出来ていない自分に嫌気がさし、自信を無くし、いつ仕事を辞めてやろうかと考えていた。

実践した当時は自分に丸をつけることが本当に難しかったし、1つ丸をつけるだけでどれだけ時間がかかるのかと思うほど。始めた当初は丸がつけられないのが当たり前でした。それでも続けるように言われ、毎朝、前日の丸を聞かれるため、嫌々ながら続けた思い出がある。

 

何が僕にとって効果的だったかというと「出来ていること」に目を向けるきっかけになり、自分を褒めることが出来るようになったこと。自分を褒めることが出来るようになると自然と自信がつくようになった。

それでも他人と比べる癖は変わらなかったけれど「出来ていないこともあるけど、出来ていることもちゃんとあるから、まー、いいか」と考えることが出来るようになり、仕事を辞めることを考え直したのを覚えている。

 

なので、本人達にも「出来ていること」に目を向けてほしいなと思う。「出来ていないこと」は嫌でも目に入るので考えなくてもいい。

人に認めてもらうことも大切。でも、自分で自分を認めてあげることも必要。

 

自分に丸をつける、効果が出るまでは時間がかかるけれど、興味がある方はぜひお試しください。

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数字と、そこにある気持ち

浅井  紀久子

 いつものことですが、書いてみようと思ったことを書き出すと、妙なタイトルになりました。私は、自己紹介で「面談と居場所と講座を担当しています。」と話していますが、裏方もやっています。ざっくり言うと、経理事務的なお金の管理全般や予算書・決算書などの作成です。でも、内容は全然ざっくりしていません。(当たり前…)

 

正直に言うと、希望して始めたことではありません。当時の流れで、担当することになりました。最初は、とにかく“しんどい・辛い”に尽きました。特に簿記などの資格を持っているわけでもなく、「貸方?借方?何それ?」状態からだったのもあり、団体としてもさらに色々整えていた時期だったのもあり、新しく追加導入したソフトの初期設定から…みたいな。右も左も言葉もわからない。でも、様々な〆切が、次々と、淡々と、ドライに近づいてくる。とにかく間違えずに進めるしかない。でないと、迷惑かけてしまう…。「今、いったい私は何をやっているのだろう?」状態でした。しかも、当時は総務事務も兼ねていたので、てんやわんや。

そして、その時から面談も受けていました。それで余計に辛かったのかもしれません。でも、現場に入りたかったので、事務だけには、したくなかった。「事務は、専門違うし。」とか、生意気にも思ってました。

 

今は、前ほど“しんどい・辛い”だけではなくなりました。まぁ、期間限定で、顔が能面になったり般若になったりはしているかもしれませんが(笑)。

“多少なりとも要領よくなったから”“流れが整ってきたから”だと思いますが、やっていくうちに、視野は広がりました。怒涛のように目の前の書類に追われていた時期を経て、結果的に広げてもらいました。細かくてシビアで、苦手意識のあった数字ですが、当然、そこには関わる人や活動の動きがあります。その支流を集めると、本流が見えてきます。まだまだ未熟ですし、本当はやっぱり苦手分野なのかもしれませんが、それが見えてくることが“面白い”と感じるようにもなってきました。もちろん、面白いだけでは済まない怖さがありますが。

 

何より、この役割自体を、“間接支援”だと思うようになりました。現場に入る“直接支援”に対して、プラッツを団体として成り立たせて、結果的に相談に来てもらえるようにするために必要な、“間接支援”。これはどちらも大切で、どちらかだけでは成り立ちません。

私がやっている内容は、やろうと思えば誰にでもできることだし、整理されていけば、そこまで難しいことでもない。求められるのは、〆切と細かさだけ。「…これ、私がやらないとだめ?」とか思ってきましたが、少しずつ何のためにやっているのか、と考えるようになり、行きついた先がこれです。そう言い聞かせて、自分のモチベーションにしている部分もあります。単なる(面倒なだけの)雑務をやっているわけではないんだと。

 

まぁ、いつまでも、やりたいことだけをやれるわけではないということも学習し(笑)、しんどいことも、踏ん張ってみると、結果的に自分自身が(色々な意味で)楽になる側面もあるということも経験し、日々逞しくなって…いたらいいなぁと思っています。

そして、自分自身が悩みながら働いてきた経験や自分なりに試行錯誤してきたことを、来所される方に、適切なタイミングや様々な形で返していけたらと思っています。

 

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ローカルな、プラッツの、周りをぐるっと、集うみなさんの、カタチ。

宮武 小鈴

家、家、家。

昨年、メンバーや親ごさんみなさんに「家」を描いてもらった。各人が思う「家」の絵だ。5センチ四方くらいの紙にサインペンで簡単に描いてもらったのだが、これがおもしろすぎた。人によって、全くカタチが違うのだ!!!(当たり前なんやけど…)。

オーソドックスな「家」もあり、また非常に個性的な家もあり。顔みたいなもの、ファンタジーなもの、シュールなもの、高床式、これは城か?外国?シンプルイズザベスト!?……などなど。

見知った方々の表現なので、単に家の絵が集まった、ではなくて「○△さんが、描いた家」という味わい方ができる。日頃のおつきあいだけでは知り得ないキャラクターが、現われていたりして最高に面白い。

2016トートバック

昨年のこの時期は、これらの「家」を柄にしてトートバックをつくった。

まず、消しゴムハンコにして、布に押していくのだがこれが想像したより大変、一緒に押してくれたメンバーも親ごさんも、ひたすら職人のように……サンキュー。不思議なのは、個性的な家ばっかりなのに、全部押したら調和していること。プラッツ七不思議に加えてもええね。

親ごさんの中に縫製が得意な方がいらして、相談しながら全部で24枚くらい完成。プラッツフェスティバルですぐに売り切れたので、私も他スタッフも買えなかった。残念だった…!!!結果、すごい限定版となった。

2017カフェグッズ

今年は縫製含めてお手伝いくださる親ごさんが増え、「何をつくるか」から関わっていただいた。そして、ランチョンマット、コースター、お弁当袋、マルチクロス、ブックカバーなどなど、つまり“カフェグッズ”。今年の11/11(土)の大・親の会イベントで販売するので乞うご期待!!!! 昨年は、ランダムに家が配置された“柄”だったが、今年は家と家が道でつながって地図みたいになっている。「家と家が、遊歩道でつながる地図」柄だ。

やっぱり、ゆうほどう。

この機関紙も“ゆうほどう”だが、25年前にメンバーがつけた名前らしい。「あなたの家と、プラッツがつながる道」という意味で、“ゆうほどう”になったとか。こういう、プラッツに関わってくれたいろんな人の細やかな「想い」が、この居場所をつくっていってるんだなあとしみじみ思う。そして現在進行形で……。

ゆっくり、まったり、ほのぼのと。

 家を描いてもらって、まだハンコにできていないものもある。描写が細かい場合は、ほぼ後回しになっている……。というわけで、また、来年に向けてぼちぼち家を増やしていこう。アナログだけどバーチャルなプラッツ周辺の地図が、出現しようとしている……!!!

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