淡路プラッツ

特定非営利活動法人青少年自立支援施設

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スタッフエッセイ | プラッツからのメッセージ

“分析はできるけど解決はできない”のその先へ

石田 貴裕

以前に居場所にいた若者がふと漏らした言葉の中でも特に印象深かった言葉の一つに、「自分のことを分析はできるけど解決はできない」というものがあります。その時は「ホンマにそうやなー、深いなー、名言やなー」と思いつつ、でも、それを受け止めきれずまたサポートもできない自分の未熟さに、悔しいやら悲しいやら憤るやらの何とも言えない気持ちを抱えていたことをよく覚えています。あれから時間は流れて今もまだ同じように何もできない場面に遭遇することも多々ありますが、あの時と少し違うのは、そうは言っても長くプラッツに関わる中で“分析はできるけど解決はできない”のその先を見る機会に出会うこともしばしばあるということです。

スタッフが出来ることの一つに「介入すること」があります。若者たちといろいろな体験や時間や思いを共有する中で、その都度“聴くべきか、教えるべきか、任せるべきか、やってあげるべきか”など、お互いに思い悩みながら見えない着地点を目指して介入していくことになります。それこそ軽いタッチのものから魂のぶつかり合いのような関わりまで、「何を言うか」ではなく「“誰が”何を言うか」の“誰が”になれるまで、時間と信頼を積み重ねながら介入していくのです。

それと同時に、いろいろな人がいることや、それぞれの習慣や文化や考え方があることを知ることが出来る機会として、“自由な大人”な部分を見せたり伝えることもあります。これもまた一つスタッフが出来ることだと思っています。そんな大層なものではなく“素の自分”を飾らずに出すということですが、それを共有できるということもまたお互いに信頼関係が必要だったりします。押し付けでもなく、ねばならないでもなく、自由に表現してよくて、違いがあることを知ること。そういう人もいるのだということ見て感じること。だから、共感するなーでもいいし、自分はそうは思わないでも構いません。あなたもオッケー、私もオッケー、ただそれを知るということは実は結構大事なことだと思っています。そうやって自分の価値観を人と人との関わりで自然と広げ、若者たちが自分でも知らなかった自分を発見することで、自分自身の取扱説明書のようなものを獲得していく場面に出会うことがあります。そんな時、少しだけ“分析はできるけど解決はできない”のその先を見せてもらってるなーと感じることがあるのです。

解決とは、本当にこればっかりは人によるのですが、いろいろあるけどそれでも自分が何となくでも納得できた時のことなんだろうなぁと思います。“諦め”でも“受け入れ”でも“折り合い”でもどんな言い方でもいいのですが、いろいろあるけどある日、自分自身が腑に落ちた、ストンときた、納得できたというところまで至った感じが一つの“解決できない”の先なのかもしれません。それまでは周りがいくらヤイヤイと言おうが、あの手この手を尽くそうが、そんなものは関係ないっていうあの感じです。でも、ある日突然、自分自身が納得できたんだろうなぁと思う瞬間があって、こちらとしては何か分からないけれど一つ何かを乗り越えたのかなぁと思う、といったそんな感じです。そして多分、この“自分自身が”というところがやっぱり一番大事なんだろうなぁと思います。私たちはただそれに寄り添うこと、それしか出来ないけれどそれもまたスタッフが出来ることの一つだと思っています。

あれからしばらく時間がたち、先の言葉を漏らした若者は自分自身の納得を経て、あの時とは違うステージというか場所にいて、あの時とは違う景色を見ています。もちろんどの若者も“待った無し”で今も自分の人生の最前線にいて、今この瞬間だけで区切れば幸せかどうかとか良いか悪いかとかはきっと誰にもわかりません。わかりませんが、さいわい淡路プラッツはまだ存続しているので、たまに連絡をくれたり会いに来てくれたりして、その時に「そんなこともあったよねー」なんて話をしたりしながら振り返ることで、今の立ち位置を再確認している姿を目にすることがあります。そんな時、居場所はもちろんエエことばかりじゃ無かっただろうけれど、そこには同じ時間を共有して得た納得のカケラのような温かい何かがあるんだなぁと感じます。“分析はできるけど解決はできない”、それはきっとまだまだ続いていきます。もしかすると解決できないままかもしれませんし、意外とある日突然解決していたりするのかもしれません。そればっかりは誰にもわからないけれど、私たちは出来ることならやっぱり一緒にその先を共有したいと思いながら、新しい毎日を一緒にボチボチと過ごしているのです。

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「イベントに参加して感じたこと」

泉 郁実

■イベントには色んな思いが交錯している

 スタッフエッセイは初めてで少し緊張しておりますがお付き合い頂ければと思います。淡路プラッツで働くことになりもう9カ月が過ぎました。最初は居場所で「何を話そう?」「今声掛けてもいいのかな?」と自分の中で勝手に葛藤していました。まぁ今思えば気を遣いすぎなんじゃないかと・・・。こちらが話しかければメンバーの皆さんは普通に返答するんですよ。当然ですよね。そんな当たり前な事もわからない程緊張してたんでしょう笑

 そんな中、私が淡路プラッツのイベントに参加して感じたのは、メンバーさんそれぞれがイベントに対してこだわりを持っているという事です。

 こだわりという言葉を辞書で引くと、「気持ちがとらわれている」「気にしなくてもいい事を必要以上に気にする」ことだとあります。また「物事に妥協せず、とことん追求する」という意味があります。メンバーさんはどちらかというと後者の方ですかね。「自分はこうやって楽しむんだ」というこだわりがあるということです。そのことに気づいたきっかけは6月に行ったボーリングでした。「他の人とスコアを競いたい」という人もいれば「ストレスを発散したい」「回転をかけカーブさせられるようになりたい」等と、その時に同じ場所に居ても全員が同じ目的で参加する必要は無いんだと気づきました。メンバーさんも自分の目的を他者に強要することは無く、他者の目的は出来る限り応援しようとする姿がありました。同じ場所・同じことをしているように見えて実はそうでもないということがわかったイベントでした。

■辛抱強さと諦めの早さ

 また、最近のイベントとして1月から“プラッツ協同戦線”という名前のイベントが始まりました。大層な名前ですが、内容はミルクパズルをただ暇な時・気が向いた時に少しずつピースをはめていくものです。ただ、ミルクパズルはイラストが無く真っ白なピースしかありません。これがまた気の長いイベントでして、組み合わせる形は分かっているのですが、同じような形が何百とあります。(総数は驚愕の2000ピース)それをちまちまと検品をする単純作業が続くんです。こんなイベント誰が考えたんだ!!と叫びたくなるのですが、実はメンバーさんからの提案でして・・・。でも面白いと感じちゃったんです。まあ、そんなことは置いといて、このパズルは先程言ったように単純作業が続くのですが、まず同じ形のピースに仕分けをして、表紙の完成図をもとに枠を完成させるといった流れで現在まで来ています。また、作業をするメンバーの座る位置・担当する場所・検品したピースの置き場所等を効率を考えて、それを共有しながら進めています。さらに、2000ピースの中から当たりの形を見つけなければなりませんが、メンバーさん達はこれらの作業を黙々とミルクパズルに取り組んでいました。ただ、少しでも疲れたら他のメンバーに代わってもらったり違うことをして休憩したりなど、しんどくならないようにお互い自ら調整していました。

この協同戦線からわかったことは、メンバーさんはいかに効率よく進めていくことが出来るのかを考えているということと、辛抱強くありながらも諦めの判断が早いということでした。

■イベントで考えること

 何かイベントを企画しようとした時に、色々と考えてしまいがちになるのですが、そこでよく大学の先生の話を思い出します。その先生は、「関わりを持つ人は相手の能力を勝手に決めつけてはいけない。その人が本来備わっている潜在能力や可能性を持っていると常に考えなさい」と言っていました。今ではその発言の意味が良く分かるようになってきたと思います。それは対人関係ではどこでもありまして、サテライトに来ている子ども達もそうですし、アルバイトで来ている指導員、勉強会に来ているサポーター、家族、はたまたペットまで。普段の何気ない会話でも可能性というものを信じて様々な人たちと関わっていくと、その人の新たな一面を見つけることが出来るかもしれません。

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「過去ー現在ー未来」

藤村 泰王

 今回のエッセイの題名に大袈裟な印象を受けて、とても恥ずかしさを感じています。

 なぜ、こんな題名にしたかというと、堅苦しい話を書きたいわけではなく、このエッセイを書く前に見た「バタフライ・エフェクト」という映画に大いに影響を受け、なんとなくこんな題名にしてみただけなのです。

 この「バタフライ・エフェクト」という映画は、幼いころから短時間の記憶喪失が起る男の人が主人公です。記憶喪失の治療の一環として幼いころから日記を書き始めました。大学生になったある日、日記を読み返すとそこに書かれている「記憶がない出来事の場面」に戻り、過去を変えることが出来る能力に気付きます。その能力を使い、自分のせいで人生が変わってしまった女性のために主人公は過去を変えていきます。でも、過去を変えると自分の周りの誰かが不幸になってしまうため何度も過去を変え、苦悩するという映画です。詳しく描くとネタばれになってしまいますが、映画はサスペンスやホラー映画のようなドキドキするような描き方で面白く、内容や終わり方も面白いと感じましたし、それなりに有名で評価も高い映画のようです。

 僕自身も映画のように過去を変えられたらと何度も思ったことがあります。「あの時もっとこうしていれば」「あの時こうだったら」と…。思い出すだけでゾワゾワするような、後悔や恥ずかしさ、様々な感情が湧いてきます

 そんな時、過去を変えることができればどんなに幸せな人生を送れただろうと思っていましたが、この映画では過去を変えても自分や周りの人間が不幸になっています。映画を面白くするためにそういった描き方なのかもしれませんが、僕自身が過去を変えることで勝手に「幸せになれる」、「正しい選択ができる」と思い込んでいたように思います。

 ドラえもんの「タイムマシン」、バック・トゥ・ザ・フューチャーの「デロリアン」その他にも様々な過去に戻れる物や能力を人は想像の中で作り出しています。でも、どの話でも過去に戻っても上手くいくばかりではなく、慌てふためいて、四苦八苦しているように感じます。

 仮に過去を変えることが出来たとして、本当にそれは良いことなのかと自分を振り返ると、過去で感じた「恥ずかしさ」や「思い返すと後悔するような出来事」を経験しないまま、今現在の自分になっていたらと考えてみると、それはそれで困ったことになるような気がしています。

 過去に経験したことあるからこそ今の自分が上手く振る舞うことができたり、同じ過ちを繰り返さないようになっている気がします。なので、過去の自分が経験してくれて良かったのではないか、過去を変えることが良いことばかりではないのかもしれないと思うようになりました。

 当たり前のことですが、過去の自分が今現在の自分を作っているように、今現在の自分が未来を作っていくと思います。なので、今、失敗したな、恥ずかしいなという経験は未来の自分を成長させてくれると信じて、よりよい未来を生活できるように今の自分に変化を起こして行こうと映画を見て思いました。

 題名の「バタフライ・エフェクト」はカオス理論と呼ばれるものを説明する際に使われる表現だそうで、「蝶が羽ばたくと地球の裏側で嵐が起きる」というある変化が起きるとその変化がなかった時と比べ、結果が大きくかわる可能性を秘めているという考え方だそうです。

 なので、明日から出会う人みんなに、いつもより少しだけ元気に挨拶するところから始めてみようかなと思っています。この変化が自分の未来の変化だけではなく、地球の裏側の誰かを幸せにできると信じて…。 と、最後にくさい台詞を書いておいて、将来、この文章を読んだ自分が恥ずかしさを感じ、身悶えていることを期待したいと思います。

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「プラッツ大移動!」

浅井 紀久子

すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、9月末をもちまして、淡路プラッツは引っ越ししました。といっても、以前の淡路プラッツから歩いて5分程度のところです。“大移動”とは、大袈裟ですね。でも、そう言いたくなるぐらい、ヘビーというか、重厚感のある移動でした。なんせ、25年以上の歴史の層が…。

 きっかけは、建屋の老朽化でした。阪急の高架工事が始まり、その振動で建屋が揺れるようになり…。その後、地震や台風なども経験し、安全面を考えて「いいところが見つかったら、すぐにでも引っ越ししたいね。」とスタッフ間でよく話題にあがるようになりました。それが1年以上前のことになります。その後、まぁ不動産さんには何度も行くのですが、すぐには“これ!”といったところが見つからず…。「そろそろ“淡路”にこだわっていたら見つからないかもね」と話が出て探す範囲を広げようかと言いだした頃、今回の場所が見つかりました。それが、引っ越す数ヶ月前のことでした。こういうのも、ご縁ですね。

 候補として今の場所があがってからは、早かったです。入れ替わり立ち代わりスタッフが下見に行き、雰囲気はどうか・防音はどうか・広さはどうか・駅からの利便性は?などなど…。色んな視点からみんなで検討しました。そして、決めました。

 場所が決まれば移動する日を決めて、それに向けて荷造りですよね。まずそれが重厚感すごかったです。私自身、見たことないようなものや最近使えてなかったなぁというものが、わんさか出てきました。断捨離するしかないものも多かったのですが、正直、あっさり断捨離しようと割り切れるものばかりでもなく…。一方で、“何故今まで置いておいたんや”と思うようなもの(期限の切れた書類とか、壊れかけのものとか)も多く…。一つ一つにおいて、とにかくてんやわんやでした。

 そして、引っ越し前には“建屋のお別れ会”も行いました。急だったので内々の会にはなりましたが、それでも歴代代表やOB・関係者の方々など20名以上の方が集まってくださり、プラッツらしい“色んな人がふらっと集まってきた感”のある会になりました。そこでも、歴史の重厚感の濃縮された感じがありました。

 今回引っ越してみて、改めて“歴史”を感じました。居場所の物一つとっても、それを持ってきてくださったり使っていたり作成した人たちの歴史が当然あり、建屋のお別れ会をしたら、何年も来てなかったという方も来てくださったり(プラッツでも連絡先がわからなくて直接連絡できなかったけど、口コミで聞いて顔を出してくださる方も…)。これまで、色んな人々やご縁に支えられてきた団体であるということを、改めて強く感じました。長い間やっている団体であること、これからもやっていきたい団体であることを。

 というわけで(?)、11/9(土)は新プラッツのお披露目を兼ねた、オープンプラッツを行います!場所は変わりましたが、これまで通り“色んな人がふらっと集まってきた感”のあるプラッツであれるよう、気の赴くままに遊びにきていただけたら嬉しいです。雰囲気は、これまで通り、ゆったりまったりできる場所だと思います。

 プチ新生淡路プラッツ、これからもよろしくお願いいたします!

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手仕事の居場所をつくります。「テシゴトプラッツ」

 

こんにちは。プラッツに来たのがふた昔前になろうとしている宮武小鈴です。

某メンバーからは座敷わらしとか、プラッツに棲んでるとか言われ、先日は南河内プラッツでも妖怪扱い、どっちにしても人以外なイメージが定着してしまっています。なんで?

 実は中学生の時から、ちょっとそういうイメージみたいでした、そういえば。いや、今日はそんなことを言いたいのではないんですよ~!今日は「テシゴトプラッツ」の新展開のさわりをお伝えしますね!

 

「テシゴトプラッツ」という支援メニューをつくります。

 

 昨年度は内職プラッツやギルド部など、淡路プラッツメンバーで手仕事をしよう!という気運を盛り上げて参りました。

 スタッフで、これらを発展させて居場所以外の新しい支援メニューとして立ち上げようということになり、半年以上ミーティングを重ねてきました。

プラッツでの就労にむけての取り組みは、トライアルジョブという居場所以上ボランティア未満のメニューがあります。

 「テシゴトプラッツ」はそれ以上に就労訓練要素が多いメニューなのです。

 プラッツ引っ越し後、今年中に開所予定です。

 

「居場所」と「テシゴトプラッツ」の違い

 

 居場所支援では、対人関係に慣れコミュニケーション能力を上げていくことに重きが置かれます。プライベートの自分というものを起点に社会性をちょっとずつつけていくイメージですね。

 一方、テシゴトプラッツでは最初から意識して「社会的な自分」を作っていきます。具体的には開所時間にきちんと来ること、挨拶、業務内容の遂行、報告連絡相談など仕事の現場で必要なスキルを体得します。

 

手仕事テシゴト

 

 手を動かすことは、大切なことですよね。それで何か「物」をつくれると自信がつきます。毎週手を動かし続けて、「段取り」なんかも身に付きます。ストイックです。居場所に来て、毎回手仕事で納期があったら。。。みんな来なくなりますね。しかし、就労に向けて訓練をしたい若者にとっては作業することで充実した時間を過ごせます。またこの間にたくさん失敗ができます。そこから復活する方法を一人でかかえこまずに相談できるので、社会に入っていきやすくなります。

 

応援してください!

 

テシゴトプラッツには必要な備品があります。

例えばお家で眠りこけているミシンがあれば、ぜひともご寄付いただけませんでしょうか。

また、買ってはいたけど箪笥で肥しになっている布たちも寄付いただければありがたいです。その他、縫製関係で必要なアイテムなどなど大大大歓迎です!ぜひプラッツまでご一報ください。

 

テシゴトプラッツでは、淡路プラッツグッズを作ります。

「プラッツぐるぐるグッズ」。今まで、機関紙ゆうほどうが皆様と淡路プラッツの掛け橋でしたが、ぐるぐるグッズも楽しい掛け橋になりますように!乞うご期待!

カテゴリー: スタッフエッセイ ひきこもっている方へ 淡路プラッツ 親ごさんへ


入り口は何でもいい

石田貴裕

 

ある場面で自然と流れてきたり、思い出したりする曲やフレーズはありませんか。私の場合ですが、例えばずっと親ごさんと面談していてある時、急に本人が来てくれた後にふと頭の中にこの曲が流れてきたり。またある時は、一対一の面談をしていた若者が次回は何となく居場所に行ってみようかなと希望した後に、ふとこの曲を思い出したりします。井上陽水奥田民生の「手引きのようなもの」という20年以上前の曲なのですが、なぜだかわかりませんが、ふと自分が黄昏れているタイミングで頭の中に「道なりに~、道なりに~♪」と流れてきます。まあ、わからんことはなく、自分の心持ちがそういう情景とリンクするということなのでしょうが、「あ、またこの釣りの歌の感じやな~」となることが何だか面白く、また大事にしたい感覚だなあと思っています。

 

「支援者っていう人を疑ってたし、信用できないし、毛嫌いしていた」。「NPOって怪しいし、よくわからないし、どうせ偽善団体やろうから行こうと思わなかった」。「別に困ってないし、相談したいこともない」。「誰かに相談したり、来てもらうなんて終わってると思っていた」。これらは後々にプラッツや支援機関に繋がった若者たちからよく聞く言葉です。支援者としてグサッとくる言葉もあれば、「そうね、わかる、自分も支援者って聞くと怪しく感じるし、何か上からで、何様?って思っちゃうな」と納得できる部分もありますし、「でも私も、すいませんと思いつつ支援者って名乗っているんです」という葛藤もあります。この矛盾を感じながら関わっているので親ごさんには会えても、当然ご本人には会えないし繋がれないことも多く、だから支援者は万能ではないし、プラッツも居場所支援も万能ではないなぁと力不足を痛感する時があります。居場所のもっともっと前のきっかけや入り口の話なんだよ、と。そんな気持ちの浮き沈みの際中にまたどこからともなく「山なりに~、山なりに~♪」と歌が流れてくることがあって、「あ、そうだ。万能じゃなくていいし、そんなことより何か届くことや面白いことを探そう。創ろう。何かないかな」とまた動き出せるときがあります。

 

この曲のテーマは釣りですが、それこそ入り口は一緒に釣りに行くでもいいし、音楽でもいいし、アニメでもいいし、声優でもいい。漫画でも、ゲームでも、PCでも、スポーツでも、ウォーキングでも、政治でも、哲学でも、宇宙や科学や日向ぼっこでも、とにかく入り口は何でもいいと思っています。そこからゆるっと繋がるきっかけにさえなり得れば。でも一方で、何かのご縁でプラッツや支援機関のことを知ったけど、「まだ今はタイミングじゃない」と思っているご本人にとっては、きっかけと言われてもそれはただの“いらんお節介”になってしまいます。その場合は、全然ゆるくないだろうし、嫌悪感もあるし、期待なんてできないかもしれません。ですので、その時はもちろん引き下がりますが、また折を見てはゆるっと繋がろうと試みます。お節介でごめんなさいとは思いつつ、でも居場所やプラッツには「あの入り口があったから、そこから少しずつ広がった」と話してくれるご本人たちが居るので、だから私たちも諦めずに何とか入り口の取っ掛かりを探したいと思っています。たとえそれが支援者のエゴだと言われても、それでもその先にいるご本人は“ずっとこのままでいい、ずっとこのままでいられる”とはやっぱり思いきれていないと感じているので、それを思いながら今日もきっかけ探しの迷走を続けています。親ごさんとの連携を重ね、言葉を選び、態度を選び、熟考と勢いの微妙なバランス感覚を研ぎ澄ましながら。もはやそんな時は、支援者だろうとそうでなかろうとどっちでもいいし、誰でもいいからとさえ思っています。ともかく、ご家族以外の誰かとゆるっとでいいから繋がって欲しい、そう思いながら、顔や声や態度には出さないけれど、歌詞にあるとおり「どうか届け」と心の中で呟いています。

 

先日も若者ご本人が、己の声に従って新しい一歩を踏み出す場面がありました。いいか悪いかは誰にもわかりませんし、いいか悪いかで測るようなことでもありませんでしたが、その時もふと、「それなりに~、それなりに~♪」とこの歌が浮かんできたので、この度その思いを文章にしました。みんなが自分のタイミングで納得して踏み出せることを心から願い、私はそれを応援しています。

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価値観

藤村 泰王

エッセイを書く時にいつも感じることは、自分が体験したことや感じたことを搾り出しているように感じます。エッセイを書くたびに自分の過去と現在を行き来して様々なことを感じ、自分の変化に気付く。そして、変わらないことに悔しさや焦りを感じ、また、変えたくない部分に関しては、変わっていなくてよかったと安心することもあります。

 

今回、エッセイを書くため、自分を搾り出していく中で感じたのは、自分の価値観の変化です。働き出した頃と現在の自分を比較すると大きく変わっているように思います。年齢を重ねたことで変化した部分もあるでしょうが、変化をもたらした大部分は今まで関わらせてもらった本人や家族の存在がとても大きいと思っています。

 

働き出した頃の自分が強く持っていたものは「~すべき・~ねばならない」という思いが強かったことを覚えています。それが、面談等で本人や家族と関わる中で語られた価値観を知ることで「自分とは違う価値観」を発見し、それを素直に受け入れられない「自分自身の価値観の狭さ」を発見していきました。

そこから、現在は「自分とは違う価値観」をだいぶ受け入れられるようになったなと、今回エッセイを書きながら感じることができました。これは自分が成長しているという自信になり、エッセイを書くにあたり自分を搾り出した甲斐があると1人でニヤニヤしている次第です。(笑)

 

物事を見たり、聞いたり、感じたりする時、自分の価値観が基準になります。その基準になる価値観の幅が狭いと物事の一部分しか見えず、偏った見方・考え方・感じ方しかできないことが多いように感じます。当たり前のことですが、生活の様々なことでしんどい事がない時はあまり問題ないのですが、ひとたび何かしらの問題が出てきた時に考え方・感じ方の幅が狭いと解決方法が見つかりにくくなってしまいます。

そこで様々な価値観に触れて幅が広くなっていると、何か問題が起こっても様々な考え方・感じ方ができ、対処方法を見つけやすくなるのではないかと思います。そして、もしかしたらしんどさを感じない可能性もあるかもしれません。

 

僕自身の話ですが、様々な人と話をする中で「そんな考え方・感じ方をする人もいるんだ!」と知り、様々な価値観に触れることで、自分の価値観が壊れ、再度、作り直す作業を無意識に行ってきたようです。無意識にと言うのは振り返ってみて変化していることに気付いたからです。そして、様々な価値観を取り入れることで物事に対しての考え方・感じ方が変わり、自分自身がとても楽になったように感じています。

 

プラッツで若者たちの話を聞いていると「仕事」に対して、マイナスのイメージで捉えていることが多いように感じます。仕事に対しての価値観がマイナスの考え方・感じ方が強いような印象がある。確かに仕事をすることは様々なしんどさや不安があるのは間違いないですが、それだけではなく「楽しみ」や「やりがい」があると僕は感じています。これは、自分が仕事を続ける中や様々な人の話を聞くことで作り上げた価値観なのだと思います。なので、僕はプラッツに来る若者たちに仕事の話をする時に「しんどいこともある。でも、楽しさを感じることもある」と話しています。仕事に関わらず、様々なことに関していろいろな価値観に触れてほしいと思っています。家族やプラッツのスタッフだけでなく、他の若者の親御さん、就労実習の受け入れ先の社会人、ボランティア、アルバイトの学生、他機関の職員等、プラッツに関わっている人だけでもたくさんの価値観があります。もちろん押し付けるつもりはないですし、聞きたくないということも受け入れたいと思います。

 

僕自身もこれから様々な人と出会い、10年ぐらい経った時にまた価値観が変わっていると思います。どんな風に変わっているのか楽しみでもあり怖くもありますが、今は楽しみの方が勝っています。今回感じたように10年後にも良い変化を感じられるようになっていればいいなと願っています。

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つながり

浅井 紀久子

ようやく少しずつ冬らしくなってきましたが、12月初めは、思いもよらないほど暖かい日が続きました。そんな中、定例のソフトボール交流会が、淀川河川敷のグラウンドでありました。(ソフトボール交流会とは…半年に1回程度、富山のはぐれ雲さんや、クラウドナインさん、フェルマータさん、奈良のNOLAさんなど…いつもプラッツがお世話になっている団体が大阪に集まってくださって、ソフトボールをしています。)

昼間は居場所メンバーも参加してソフトボールの試合をするのですが、夜はスタッフが集まって、お酒の席で交流会をしています。それも楽しみの一つ♪(そして、ありがたいことにその席から参加してくださる方々も…)

 

私は、お酒が少々嗜める体質も手伝ってか(?)、そういった席に非常勤のころから参加させていただいてました。そこで大先輩方のお話を、特に最初の頃は、目を白黒させながらお聞きしていました。とにかく新鮮(現場の話は刺激的!)だったり、歴史を知れたり、事業運営のお話など、本当に勉強させていただくことが多かったです。もちろん、今もですが。…でも、一方で、ぜんっぜん上手く話せない自分がいました。緊張しぃな性格で、気の利いた一言が言えるわけでも勘がいいわけでもなく、「失礼があってはいけないし!」とか変に考えすぎたり、自分の勉強不足も相まって、お話を頭の中で追いかけるだけでやっとこさっとこ。なので、今でこそ“楽しみの一つ♪”とか書いてますが、正直、お酒の席への苦手意識を持っていました。(おおっぴらに書いて、叱られるかしら)ただ図々しくも、「あるよ~」と言われれば、参加し続けていました。それだけお話が興味深かったことと、自分自身の性格上、新しい環境や人に慣れるのに時間がかかることが分かっていたので、続けることを自分で課題にしていたんです。(おおげさ…)

そうこうしているうちに、顔と名前を憶えていただけるようになり、少しずつ自然体でいられるようになってきて、楽しめるゆとりが出てきました。気の利いた一言とかは、今も言えないんですけど…。

 

お酒の席で、上記に書いた以外にも“人と人が交流することの面白さ”も教えていただいた気がします。もちろん、社会人として先輩後輩の上下関係などはあるのですが、そういったことも含めての個人と個人が出会うことの面白さといいますか…。あまりうまく言えないのですが。そして、“居場所”が本当の意味での“居場所”になるまでの、メンバーさんの気持ちに、少し似ているところもあるのかも?とか思ってみたり。自分の立ち位置とか考え出すときりがないのですが、結局のところ、今、目の前にいてくださる人と、自分自身がどういう関係性でありたいかかなぁと思ったりします。せっかくのご縁なのだから、少しでも楽しい時間を過ごしていただきたいな…と。

 

いつも以上に、心の声の駄々洩れ感がある原稿になってしまいましたが…。これからも、淡路プラッツを、どうぞよろしくお願いいたします!

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「テシゴトプラッツ~「手」を動かすと、“イイこと”がある。」

宮武 小鈴

新しい「ないプラ」

昨日は、金曜夜恒例の“ナイプラ”が2階で行われている上階で、別の「ないプラ」を開催していました。恒例は「ナイトプラッツ」という夜時間を飲食しながらまったり過ごす取り組みですが、新しい「ないプラ」は鬼気迫るものがあります。それは「内職プラッツ」。なぜ鬼気迫るのか……それはつまり、納期が迫っていたのです。

東京のHARMONIKさんというところが子どもの遊び場用のアイテムを企画していて、その作成を請け負っています。今回は、造花(これも手作り)を入れる「花束ケース」で材料は布とサテンリボン。裁断、ミシン、手縫い、といった工程があり、その中でとてもおもしろいことが起こっているので、それを今日はみなさんにお伝えしようとおもいます。

 

バーストモード

内職の良いところは「納期」です。若者にとっては、これだけでも社会とつながっていることをおおいに実感できます。「納期」に向かって、「逆算してスケジュールを考える」「実行したけどスケジュールどおりにいかない」「作業の失敗と復活」など、素敵なエッセンスが満載。そして究極は「作業効率を上げるための工夫」ができること。手仕事なので自分のボディを使うしかない、その結果「バーストモード」がやってきます。これは“ゲーム”の中で、パワーがある一定のところまで溜まったら必殺技が使える、というものです。内職では“ちょっとした工夫”を連続することでやってきます。その結果、ひとつ8分かかってた作業が2分になり、×100個するとものすごい時間差が出てきます。しかしこれを得るには、悟空に甲羅を背負わせた亀仙人ではないですが「締切り仙人」からの無言の圧力に立ち向かえるという強さが少々必要なのです。ですのでプラッツの居場所メンバーの中でも、遊びきったのちある程度社会参加を意識できるようになった段階の人に向いています。

 

ボランティアさん募集

手縫いが大好きな方、「ないプラ」のボランティアをしませんか?工賃は「ないプラ」に参加している若者への寄付になります。ご興味のある方はプラッツまでどしどしお電話かメールでお問い合わせください!

 

内職だけじゃない

テシゴトプラッツは内職だけでなく、プラッツらしい手仕事品の企画販売をしようとしています。近いところでは10/27のSabo Platzに登場。食べほメニュー(¥2,000)にオリジナルロゴ(もちろん手描き)のカップがついてきます。おそらく全部雰囲気が違うので、選ぶのが楽しいですよ。お待ちしております!

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見せかけの安定期

石田 貴裕

 

長期間に渡ってひきこもっているご家族の相談をお聞きする中で、いわゆる「見せかけの安定期」にある状態でのご相談があります。このワードは、いろいろな支援者がいろいろな言い回しで表現されている言葉でもあります。

「見せかけの安定期」、すなわち、ひきこもりが長期化して逆に安定してしまっている状態のことですが、詳しくいうと、時に家族とぶつかったり分かりあったり、また外部へも興味が向いたり、でもやっぱり閉じたり開いたりなど長期間の紆余曲折を経て、良くも悪くも今の親子間の状態でそれなりにバランスが取れている、いわゆる凪(なぎ)の状態が続いている時期のことを指します。専門的に言うと、なんとか期、なんとか期、を経てそこに至っていると考えられますが、その辺の分析は今回は置いておいて、ご家族の実感として「大きな動きは無いし、年齢は重ねてはいるけれど、それなりに関係性も安定しているし、何となくこのままでもいけそうだなぁ」という感覚も含みつつの相談です。とはいえ、決して余裕しゃくしゃくとしている訳ではなく、「ずっとこのままじゃいけない気が…」と何かに追い立てられるような思いと焦りと不安を抱えながらワラをも掴む思いで相談に来られます。が、実際にはなかなか動けないし、動かしにくい状況であることがほとんどです。

細かい背景は割愛しますが、そこにアプローチするということは、すなわち“水面に石を投げ込む”ことになります。せっかく穏やかに凪いでいる所にわざわざ波風を立てにいく、そのことは家族としてはたまったものじゃありません。ですから、無理やりには出来ませんが、どこかでそれを意図的に行う機会を、日常にそれを起こし得る可能性を、出来るだけ面談の中で話し合います。なぜなら、「何も起こらない日常に何かをもたらす関わり」、それもまた支援・サポートの一つの形だからです。

もちろん、その一択だけではなく「転機を待つこと」、それもまた一つの形です。例えば、本人が突然動きだした、話し出した。または、助けて欲しいと訴えてきた、感情を露わにしてきた、などなど。そういう事も“あるある”ですが、一方で押し出される形での苦渋の転機もまた“あるある”だったりします。例えば、親が定年した、収入が無くなった、引っ越すことになった、病気になった、亡くなった、本人の年齢が40歳や50歳を超えた(=親も70歳、80歳超えた)、などなど。これら突然起こった転機に対して、ピンチはチャンスと信じて関わることもまた支援・サポートです。ですから、もちろん変わらず“希望ある未来を一緒に創る”ために伴走もするのですが、もし、それも見越してもし、可能であるのならば、転機をただ待つのではなく、出来れば先もって親ごさん主導で、変わらない日常に一石を投じることで、「見せかけの安定期」を動かせる可能性を一緒に考えてみたいと思っています。

「今のままでいい。いらない何かをして今より悪い状態になる方がよっぽど怖い。」そんな言葉をよく耳にします。きっと誰にも分らない辛く苦しい思いがあってのことだと思いますし、ここはご夫婦でも意見の分かれるところでもあります。出来れば避けたい気持ちと、でも向き合うことが必要だと思う気持ちのせめぎ合いと葛藤がそこにはあります。ですので、軽々しく「では、待ちましょう」「では、動きましょう」の二択を迫ることは到底できません。でも、一方で「そうやって時間だけが過ぎてしまいました」、「そう言われて待ったけれど何も変わりませんでした」という言葉もまたよく耳にするのも事実です。

自立支援機関である以上、何とかしたい、力になりたい、とは思っていますが、そんな時に私にかけられる言葉は多くはありません。諦めている訳ではなく、投げている訳でもなく、そう思います。ただ、聞き、悩み、整理して、抜け道を探してはまた聞き話し、その繰り返しの中で出来ることを続けます。出来る限り最短距離を願って。その中で「あの時は待つことが必要でした。では、今はどうでしょう?」この言葉を投げかけることもあり、それも出来ることの一つだと思っています。思った時がスタートライン。その一歩を待ちますし、何かのきっかけでもし、その一歩が出れば全力で応援サポートします。いつがタイミングかわかりませんし、折角やり始めてみたものの“思ってたんと違う”ことだって考えられます。なので、無理強いはしません。でも、それらも全部全部話し尽くして、それでもそこから現実を少しでも動かせる支援機関でありたいと思っています。

流れとタイミングって必ずあります。振り返ると「ああ、ここだったなぁ」って流れとタイミングが必ずあって、これまでに「見せかけの安定期」を動かしてきたご家族がそれを体現してくれています。“思ってたんと違う”それも含め、とにかく今の景色を少しでも変える流れとタイミングを一緒に探したい、創りたいと思っています。景色が変わる、景色が変われば気持ちも変わるかもしれない、気持ちが変われば動かなかった今が動くかもしれません。そうやってまた新たな一歩を一緒に踏み出せることを願っています。

カテゴリー: スタッフエッセイ

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