淡路プラッツ

特定非営利活動法人青少年自立支援施設

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6月 | 2010 | プラッツからのメッセージ

出会いの不思議

自分の価値観を広げてくれたり影響を与えてくれたものはたくさんあって、例えば音楽・映画・マンガ・小説・言葉・人・景色など言い出したらキリがない。その中の一つである「出会い」について。

高校3年生の時に女子クラスになった。女子39名、男子7名。聞いた人はいいなーと言うが(特に男性は)、実際にはそんなことはなく女性パワーに圧倒される毎日で、文化祭のクラス発表では多数決で負け(そりゃそうだ)男子が女装をさせられたこともあった。

そんな肩身の狭い男性陣は休み時間も居場所がなく、やむを得ず教室の横にある非常階段の踊り場に集まることとなった(くれぐれも言っておくが女性陣に全く罪はない)。

では、男子7人は仲がいいかと言えぱそうではなく、どこかよそよそしくぎこちない。
なぜなら、第一に1、2年で同じクラスだった人がほとんどいない、いてもグループが違っていて話したことがない。
第二に思春期特有の面倒臭さも手伝って、話して深める努力をしたくない。
第三に、これはたぶん全員が思っていたことだが、「もし男子20人クラスやったらお前とは友達にならないね、だってキャラ違うもん」という姿勢だったからだ。

とはいえ毎日の圧倒的女子パワーの前に肩を寄せ合うしかない男性陣は、いつしかお互いを少しずつ理解しようと努力を始めだした。
すると確かにキャラが違う、性格もイマイチわからん、間が合わない、趣味もズレてるし、もう意味わからん。毎日が”合わないこと””認められないこと”だらけで、うまく交わらない日々が続いていった。
しかし、人というのは不思議なもんで段々慣れというのが出てくる。
相変わらずよくわからんなーという部分はありつつも、ん?…でも、ここはわかるかも。なるほど、ここは面白いな。あー、そういう考え方もあるか。別に悪い奴じゃないなあ、と少しずつ思うようになっていった。
その変化に自分自身もとまどいながら、でも同時に新しい考え方を知ることや自分の幅が広がっていくことに喜びを覚えたりもした。

あれから十数年経つが、他の”合うと思っていた入たち”よりも”変テコなキャラの男子たち”の方が結果的に自分の数少ない友人として今でも残っていることを、不思議に思うと同時に今ではとても感謝している。
やはり思い込みよりも体験をもって実感したことの方が残る、ということを身をもって知ったからだ。

そして現在僕はプラッツの居場所で、あの女子クラスだった時の体験をヒントにしながら、若者たちと関わっている。多くの若者が居場所に友達を求めてやってくるが(そうなればいいと僕も思うが)、それは確約できない。居場所は友達を作る場所というよりも、やはりいろいろな人と関わる場所であり、自分に気づき広げる場所なんだと思う。
最初はそのことに戸惑うかもしれない。でも、それは決してしんどいことなんかではなく、結果的に楽しみながらあなたの可能性を広げることが出来るいい機会であり、出会いなんだと僕は思う。
そんな出会いの不思議をこれからも伝えていきたいと思うし、それがスタッフの役割だと僕は思っている。

ゆうほどう2010年6月掲載
石田貴裕

カテゴリー: スタッフエッセイ

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