淡路プラッツ

特定非営利活動法人青少年自立支援施設

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メキシコ | プラッツからのメッセージ

メキシコ研修・体験記

浅井紀久子

2月18日~27日までの10日間、メンバーさんとともに、メキシコへ“研修”という名の旅行に行ってきました。
*異文化に触れる*
片道、飛行機で15時間程度。まず、「こんなに長時間、飛行機に乗ったことがない…何かずっと揺れてるし…。」と少し恐々な道のりで、着いた頃には何だかぐったり。しかし、次の日からの体験は、そのぐったり感を忘れさせてくれるものでした!
観光先の一つひとつの感想は、誌面の都合上、書ききれませんが…。メキシコシティでは、テオティワカン遺跡やグアダルーペ寺院などを見て回り、その後メラケという海に近い小さな町で5日間過ごしました。そこでは、海に入ったり、隣町まで足を延ばしたり。目にする風景も、食事も(これがまた、美味しい!)、聞こえてくる話し声も…とにかく、すべてが新鮮で、刺激的で、毎日五感がフル活動でした。
*人々に出会う*
まず、同行させていただいた、NPO法人はぐれ雲さん(※1)のメンバーさんが、全員“初めまして”でした(笑)。そして、メラケで出会った、ゴローさん・ジュンコさん夫妻(※2)とご夫妻のもとで働くグリスとカルロス、遊びに(?)いらしてた、たけさん。たった10日でこんなにたくさんの初めましての方と会うことが、まず、日常そんなにない…。色々なことを体験とともに教えてくれる皆さんと、日に日に表情が柔らかくなって、自然と笑顔が増えていく一行。これまた、知らない間に閉じていた感覚が、ほぐれていったような印象でした。
*その中で、感じたこと…*
新しいもの・人々に触れる中で、私が感じたことの一つが、選択することや判断することの“難しさ”と“単純さ”でした。メキシコ(特にメラケ)では、ゆっくりなペースで過ごしていましたが、一方で、とっさの判断に迫られることもありました。日常の些細なことですが、なんせ言葉が通じない上、風習もよくわからないので、その判断が合っているのかどうかが、わからない。元々優柔不断なところがあるので、色々考え出すと、もう、ものすごく難しい…。最初は、例えば道にしても、窓口にしても、食事にしても…何を・どれを選んでいいのやら、でした。
でも、しばらくすると、慣れてきました。わからないことは、相変わらずわからない。ので、ある意味、“どれでもいいや”になってきます。決して投げやりなのではなく、その時一番惹かれたり、好きな感じだったり、なんとなくこれかなぁと。そうなってくると、選ぶことが単純になりました(笑)。判断基準が自分にしかないので、どれを選んでも、自分にとっては間違っていないのです。その時に、あ、これ…と思ったものが、その時の一番。なんか違う…と思ったら、その時点で修正していけばいいか、と(はい、メラケで道に迷いかけました)。自分の感覚を頼って何かを決める、ということから、あまりにも遠ざかっていたことに気づくことができました。
ゴローさんが、スーパーで、「日本人は、すぐわかる。せかせか歩いてるから。パッと目につく。メキシコ人、見てみな。みんなゆっくり歩いてるよ。色んなことに興味持ちながら、周りキョロキョロしながらさ。」と。確かに、みんなどことなくゆっくり…。でも、自分の周囲にちゃんと興味を持ちながら、これ!と感じたら足を止める。そんなペースが、実は地に足がついているようにも見え、私も色々よそ見してみようと思ったのでした。直感を少しでも磨くために…。

※1)富山県にある宿泊型の青少年施設で毎年代表の川又さんとメンバーがメキシコのゴローさんのところに行っている。
※2)メラケ在住で日本料理店を開いておられるご夫婦。

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NOと言わないメキシコ人

安原 彩子

12月のメキシコは街中がクリスマスの飾りでにぎわい、さすがカトリックの国だけあって約1か月かけてキリストの誕生を祝います。4月はハカランダが歩道を紫色に染めますが、12月は真っ赤なポインセチア(メキシコ原産!)がクリスマスを盛り上げます。クリスマスと対照的に、お正月を日本のように祝うこともなく、あっさり次の1年がスタートします。前回書かせていただいた「メキシコ=私の居場所」。今でこそ私の居場所と思えるメキシコは、始めは何ともオソロシー国でした。

Noと言わないメキシコ人

日本の面積約5倍の広さをもつメキシコ。首都のメキシコシティーはごちゃごちゃしていて人やモノが密集していて狭いようで、やはり広い。土地勘もない外国人の私は、道に迷う度に街を歩くメキシコ人に道を尋ねることがよくありました。「Todo derecho(ずっとまっすぐ)」、「Esquina a la mano derecha(その角を右)」と教えてもらったとおりに行っても…ん?着かない…?挙句の果てに歩いてきた逆の方向を言われたり…。今までメキシコ人に道を聞いて、「No se(ちょっとわかりません…)」「No conozco por aqui(ここら辺は知らないので…)」と言われたことはほとんどなく。オソロシーほど親切に答えてくれますが、無事に目的地へ着けたこともほとんどありませんでした…。親切なメキシコ人の言うことを半分信じてはまた別のメキシコ人に尋ねては自分で判断して進む。ということを繰り返しながら、最小限の誤差で目的地に辿り着く技を身につけました。メキシコではその他いろんなことも同様に、一歩進んでは三歩ほど下がることを繰り返しては自分で折合をつけながら進んでいく大切さを教えてもらいました。

 

メキシカン・ジョーク

メキシコでは家族や友達が集まって誕生日やクリスマスを祝ったり、特に何もない土曜日でも昼間からみんなで集まってご飯を食べたり飲んだりして過ごします。私も飲むことは大好きなので、サッカーを見たりドラマを見たりしながらメキシコ人といろいろ話して過ごすのは楽しい時間です。ビールやテキーラをいくら飲んでも酔わないメキシコ人が、いい感じにできあがってきた時に始まるのがメキシカン・ジョーク大会!みんな我こそはと、チステ(メキシカン・ジョーク)を言い始めます。が、オソロシーほど面白くない…。分からない。時事ネタから下ネタまで。子どもも大人も一緒に笑ってる。“全然笑えへんし…早く終わって…”と思っているのは私だけで、メキシコ人は私に構わず説明されても面白くないチステを繰り返し、さらに、「ジャパニーズ・チステ教えて」と、むちゃ振りしてくる…。そんなメキシコ人との飲み会を重ねていくうちに、「とりあえず、居てもいいか。」と思えるようになっていきました。チステはわからなくてもメキシコ人はオモシロイ。チステはわからなくても一緒に飲みたいと思える。同じ時間を共有する大切さを教わりました。

何ともオソロシー、楽しいことばかりじゃないのが「メキシコ=私の居場所」。イヤなことたくさん、面白いこともっとたくさん経験してメキシコが私の居場所になりました。安田が以前のスタッフエッセイ(ゆうほどう245号 表紙が仏像の号に掲載)にネガティブとポジティブのことを書いていましたが、まさに、メキシコは超ネガティブからの超ポジティブ変換国!そうすることで独自の文化や風習を創造してきたすばらしい国だと思います。

 

Noと言わないメキシコ人やチステを強要するメキシコ人ばかりではないので、是非、機会があれば一度メキシコの超ポジティブ変換を体験してみてください。

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メキシコ

今年もきれいなサクラが満開に咲きました。街がピンク色に染まる4月は、「日本の春だなぁ。」としみじみ感じながら、花よりだんごでお花見をするのが楽しみです。
そして、「今ごろハカランダもきれいに咲いてるかな。」と私が思いを馳せる国があります。それは日本から約12000キロ離れた国、メキシコです。メキシコでサクラと同じように春を感じさせてくれる花がハカランダと呼ばれる紫色の花で、3月から5月は街中にハカランダが満開に咲き、花が散ると道は紫色の絨毯が敷かれたようでとてもきれいです。ただ、メキシコでは日本のように道や公園でお酒を飲むことは違法になるので、お花見はできません(笑)
プラッツの「濃イイ」他のスタッフ同様に、私の経歴もオリジナルだと思うので、自己紹介しながら私の若者支援とメキシコつながり?を書きたいと思います。

私と淡路プラッツの共通点がメキシコと言うことも、不思議なご縁を感じますが、大学でスペイン語を学んだ後、私は旅行会社に就職しました。
しかし、勤務地はメキシコ。日本の会社なのでお客さまは日本人、でも一緒に働くスタッフはメキシコ人。
初めて社会人として働く大変さと、異文化で働く大変さで、1日があっという間でした。
「今日中にこれだけはお願い!」と言っても、5時ピッタリに帰っていくメキシコ人。
金曜日の午後はいつものバーで馴染みの客と飲んでるメキシコ人。
社員旅行は家族、親戚連れで参加するメキシコ人。
母の日は仕事半日で午後は家族で過ごすメキシコ人。
すぐに使い切らないように月2回に分けて支払われるお給料。
そんな国でそんな人達と一緒に働くことに、始めはイライラしたりストレスを感じていました。

でも、彼らと過ごしているうちに、貧困や暴力の絶えない厳しい現実社会にいても、生きるために働き、よく笑い、楽しんでいる。
すごく人間らしい生き方をしていることに気が付きました。

また、私が“フツーそれないわ”と思うことは多々あっても、メキシコが私に“フツー”を押付けることはありませんでした。
一人の人間として、どう考え、何をしたいのか。その応えを否定することもありませんでした。
私はメキシコに行くと、とても安心します。
周りの人達が、「治安、大丈夫?」「麻薬蔓延してるんちゃうん?」と言うように、メキシコ危ないです(笑)。
でも、いつも私を受け容れ、否定することなく尊重してくれる。私が安心して自分でいられる居場所です。
そんなメキシコでの経験が、若者支援や居場所での私の在り方に大きな影響を与えていると思います。

去年、久しぶりにメキシコに行くと、タクシー強盗によく遭うワーゲンタクシーは全て4ドア車に義務付けされていたり、標高2300メートルのメキシコシティーでマラソンブームだったり、日本のアニメ・ゲーム好きが集まるビルがダウンタウンにできていたり、時の流れを感じましたが、メキシコは変わらず私の居場所でした。

メキシコOL時代?から日本人学校、識字学習、若者の就労支援等の経験を経て淡路プラッツに至りますが、最後に淡路プラッツとメキシコ。
メキシコ人でもそこどこ?というくらい小さな村メラケに、若者支援を応援してくれているゴローさんがいます。
プラッツとゴローさんの関係は蓮井さん時代にまでさかのぼり、そして富山のはぐれ雲までつながる壮大な話になるので、新人はここまでにしたいと思います。が、是非、機会があればメキシコを訪れてみてください。
和食よりも先に世界無形文化遺産に登録された、メキシコ料理もおススメです。
ありがとうございました。

安原彩子

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