居場所 | プラッツからのメッセージ
泉 郁実
最近、居場所について親御さん向けに話す事もあり、今回は僕なりに居場所ってどんなところ何だろうっていうのをつらつらと書かせていただきました。少し抽象的な部分でわかりにくい所もあるかもしれませんがご容赦ください。
そもそも「居場所」と聞くと、どこか特別な場所のように感じる人もいるかもしれません。悩みを抱えた人が集まる場所、支援を受けるための場所。そんなイメージを持たれることも多いです。でも、実際の居場所は、思っているよりずっと静かで、家の居間のような空間です。たとえば、みんなでごはんを食べる時間。同じテーブルを囲んで、同じようなメニューを食べる。それだけのことなのに、場の空気は少しやわらぎます。無理に会話をしなくてもいいし、誰かがぽつりと話したことに、自然と相槌が返されることもある。沈黙があっても、それは気まずい沈黙ではなく、「何も話さなくていい時間」として流れていきます。
そんな居場所も最初は、空間にいること自体がしんどい人もいます。視線が気になったり、どこに座ればいいのか迷ったり、「ここにいていいのだろうか?」と不安になったりすることもあります。でも、何度か顔を合わせて、同じ時間を過ごすうちに、少しずつ緊張がほどけていきます。
居場所での時間は、うまくいくことばかりではありません。「今日は誰とも話せなかった」という日もあれば、ちょっとした行き違いで空気が重くなる日もあります。スタッフも、常に正解の言葉を選べるわけではありません。「あの声かけは、別の言い方のほうがよかったかもしれない」と振り返ることもあります。それでも、その場で起きたことを一緒に受け止め、次にどう関わるかを考えていける時間が、この居場所にはあると思います。
居場所は、誰かを無理に変えるための場所ではありません。何かができるようになることよりも、「ここにいてもいい」と感じられることを大切にしています。元気に話せる日もあれば、ただそこにいるだけの日があってもいいんです。
そんな居場所もいつか離れていく人もいます。その後の人生で、ここで過ごした時間を思い出すことは少ないかも知れません。でも、「無理をしなくていい時があった」というのがどこかに残ってくれたらいいなと思います。
長々と書きましたが、僕はこのゆっくりと自分のペースで考えられる居場所が淡路プラッツの居場所の良さなんだと思います。
2026年2月14日
カテゴリー: スタッフエッセイ ひきこもっている方へ 親ごさんへ
