AwajiPlatz 30Th

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スタッフエッセイ | 淡路プラッツプラッツからのメッセージ

居場所

泉 郁実

 最近、居場所について親御さん向けに話す事もあり、今回は僕なりに居場所ってどんなところ何だろうっていうのをつらつらと書かせていただきました。少し抽象的な部分でわかりにくい所もあるかもしれませんがご容赦ください。

そもそも「居場所」と聞くと、どこか特別な場所のように感じる人もいるかもしれません。悩みを抱えた人が集まる場所、支援を受けるための場所。そんなイメージを持たれることも多いです。でも、実際の居場所は、思っているよりずっと静かで、家の居間のような空間です。たとえば、みんなでごはんを食べる時間。同じテーブルを囲んで、同じようなメニューを食べる。それだけのことなのに、場の空気は少しやわらぎます。無理に会話をしなくてもいいし、誰かがぽつりと話したことに、自然と相槌が返されることもある。沈黙があっても、それは気まずい沈黙ではなく、「何も話さなくていい時間」として流れていきます。

そんな居場所も最初は、空間にいること自体がしんどい人もいます。視線が気になったり、どこに座ればいいのか迷ったり、「ここにいていいのだろうか?」と不安になったりすることもあります。でも、何度か顔を合わせて、同じ時間を過ごすうちに、少しずつ緊張がほどけていきます。

居場所での時間は、うまくいくことばかりではありません。「今日は誰とも話せなかった」という日もあれば、ちょっとした行き違いで空気が重くなる日もあります。スタッフも、常に正解の言葉を選べるわけではありません。「あの声かけは、別の言い方のほうがよかったかもしれない」と振り返ることもあります。それでも、その場で起きたことを一緒に受け止め、次にどう関わるかを考えていける時間が、この居場所にはあると思います。

居場所は、誰かを無理に変えるための場所ではありません。何かができるようになることよりも、「ここにいてもいい」と感じられることを大切にしています。元気に話せる日もあれば、ただそこにいるだけの日があってもいいんです。

そんな居場所もいつか離れていく人もいます。その後の人生で、ここで過ごした時間を思い出すことは少ないかも知れません。でも、「無理をしなくていい時があった」というのがどこかに残ってくれたらいいなと思います。

長々と書きましたが、僕はこのゆっくりと自分のペースで考えられる居場所が淡路プラッツの居場所の良さなんだと思います。

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初・推し活!

浅井紀久子

 

突然ですが、大阪・関西万博には行かれましたか?私はドはまりして、通期パスを購入して全部で15回行きました。すごく楽しく刺激的でした!今もしっかりロス状態です。

 

とはいえ、開幕前はほぼ興味なしでした。家族が「行ってみたいけどネットでパス取るのがわからない」というので、“じゃあ夕方からの時間帯で、1回一緒に行こか~”程度でした。が、その1回でしっかりはまり…というか、その程度では興味もったパビリオンやイベントはほぼ回れませんでした。そういえば、私は世界ふしぎ発見!というTV番組が好きで、絵を見に行ったりなど美術館・博物館も好きです。はまらないわけがなかった!

 

そこから通期パスを購入し、最終日まで通いました。ものすごく並んだし予約取れないことも多かったけれど、パビリオンはもちろん、各国の料理やお酒も楽しみ(アラブ首長国連邦、アンゴラやチュニジアなどのアフリカ料理、コロンビア、シンガポール、インド…など)、噴水ショーやドローンショー、花火も楽しみました。あまりの人の多さに殺伐としている場面も正直あったけれど、それ以上に、知らない文化に触れたり現地スタッフさんとのやり取り、一期一会で“わんぱく(おひとり様万博)”の方と並びながら話したり。一つ一つが本当に濃い貴重な経験でした。

 

万博のことは語りだしたらきりがないのですが、ここまでイベント(とそのキャラクター)にはまったことは初めてでした。終わったらロスになるんや…ということも初でした(たぶん、これでも軽いほう)。なので、この万博を通して私の中で変わったことがあります。まず半年間、スケジュールと常ににらめっこ(笑)。色々な締め切りもあるけれど、休日はバタンキュー状態で出かけたくないことも多々あるけれど、“そんなこと言ってられない!今目の前にある物ややりたいと思っていること、いつまでも手元にないよ!”と詰め込みました。さっさと予定入れてグッズは購入。決断と行動に移すことが早くなりました。意外とまわるものでした。特に、翌日の予定を考えて我慢することは減りました。この感覚はずっと継続しています。ともすれば仕事だけで意識を埋めてしまっていたのですが、やめました。すぐに入れるものがないのなら、しばらく空けておこう(笑)。

 

次はいつ日本で国際博覧会が開催されるだろう。元気なうちに開催されることがあれば、その時はボランティアスタッフとして参加したいな!という野望も持ちつつ、ゆるくミャクミャクを追いかけながら、次のはまれるものを見つけようと思います。

 

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居場所とごはん

石田 貴裕

 

プラッツの居場所活動は昼間と夜バージョンに分かれていますが、共通していることの一つとして、一緒にごはんを食べるタイミングがあります。もちろん、食べるかどうかは自由ですが、実はこの“一緒にごはんを食べる”もしくは“ごはんを食べている人と同じ時間を共有する”というのが案外重要で、昔からプラッツが大切にしている文化であり伝統でもあります。ま、ここにお酒も入ってきて、行き過ぎるとアカンのですが(笑)、民間NPOならではの自由とユルさが時に思ってもみない形で若者を成長させたり覚醒させたりするので食事ってホント侮れないなと思っています。

 

食事を含めた“経験”がプラッツの居場所のテーマですが、実は食事って結構ハードルが高く、“見る・見られる”に直結していますし、特にあまり知らない間柄であればなおさら緊張感を伴うものです。食べている姿自体の恥ずかしさもあるのですが、何を食べているか見られる恥ずかしさやしんどさもあり、「自分ってこう思われてるんちゃうか?」とネガティブ発想にモロ直結していきます。また、食べたり飲んだりすることで今度は排泄に繋がり、それもアカンという人は一緒に食事をするという選択肢自体を選ばないこともあります。

 

なので、無理やり食事を強制することはありませんが、なるべくなら居場所では「食事は自由やし食べたい物を食べたい時に食べて下さい」のスタンスで過ごします。一緒の時間に食べなくてもいいし、買ってきても調理してもいいし、自分だけで食べて飲んでもいいし、みんなでシェアしてもOKです。例えば、あんなカップ麺もあるんやとか、そんな冷凍食品もあるんかとか、どこのお弁当やろ?とか、あのスタッフはカップ焼きそばばっかり食べてるなとか、わりと少食やねんなとか、喋りながら食べてもいいんやなとか、喋ってばっかで全然食べ終われへんな~とか、ビールの次は日本酒いくんやとか、etc…。そうしていろんなパターンや価値観に触れ選択肢が広がっていけば、果ては多少の“生きづらさ”も何となく許せる“生きやすさ”へと繋がっていくんじゃないかと思っています。たかがごはん、されどごはん的な。ま、お決まりの知らんけど、ですが(笑)。

 

ともかく、そんな堅苦しく考えるものでもなく、日常のささいな居場所とごはんについて書いてみました。皆さんも機会あればぜひ一緒にごはんしましょう、飲みましょう!お待ちしています。

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居場所活動、オンラインW回線モード突入!

 

こんにちは、居場所スタッフ宮武です。

淡路プラッツは大阪市にありますので、もちろん緊急事態宣言真っ只中での活動が始まっています。

 

ひきこもっていた若者が社会参加をめざす場所、それが淡路プラッツですので、来所する若者たちとの関わりを無くすわけにはいきません。

 

私は居場所活動は、顔を合わせてその場の空気感があってこそだと20年間来、信じてきました。

 

コロナ禍でやむえを得ず取り組みだしたオンライン居場所ですが、案外みんなと和やかに楽しく過ごすことができており、「オンライン居場所」も一定の地位を得たのでは(笑)と感じています。

 

何事も柔軟さが大切ですね。

 

ゲームから学べる「バランスの大切さ。。。笑」(右画像)

 

プラッツに通う若者たちとスタッフは、今までに過ごした年月で馴染みの蓄積がありますので、オンラインでの意外と充実した活動が可能なのかもしれませんね。

 

本日の活動の前半はお絵描き伝言ゲームで盛り上がり、後半はスチームというゲームサイトで遊ぶグループと、モンハン(モンスターハンター)で遊ぶグループに分かれました。

 

メインのWIFI以外でポケットWIFIを使っても、ラグが出るプラッツの回線事情。。。

 

「ラグを制する者が勝つ」

 

キャラが動かない少しの時間。その間のストーリーをイメージできる者が勝つ、という謎の名言が生まれました。

 

来週もほのぼのとオンライン活動です。

 

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“分析はできるけど解決はできない”のその先へ

石田 貴裕

以前に居場所にいた若者がふと漏らした言葉の中でも特に印象深かった言葉の一つに、「自分のことを分析はできるけど解決はできない」というものがあります。その時は「ホンマにそうやなー、深いなー、名言やなー」と思いつつ、でも、それを受け止めきれずまたサポートもできない自分の未熟さに、悔しいやら悲しいやら憤るやらの何とも言えない気持ちを抱えていたことをよく覚えています。あれから時間は流れて今もまだ同じように何もできない場面に遭遇することも多々ありますが、あの時と少し違うのは、そうは言っても長くプラッツに関わる中で“分析はできるけど解決はできない”のその先を見る機会に出会うこともしばしばあるということです。

スタッフが出来ることの一つに「介入すること」があります。若者たちといろいろな体験や時間や思いを共有する中で、その都度“聴くべきか、教えるべきか、任せるべきか、やってあげるべきか”など、お互いに思い悩みながら見えない着地点を目指して介入していくことになります。それこそ軽いタッチのものから魂のぶつかり合いのような関わりまで、「何を言うか」ではなく「“誰が”何を言うか」の“誰が”になれるまで、時間と信頼を積み重ねながら介入していくのです。

それと同時に、いろいろな人がいることや、それぞれの習慣や文化や考え方があることを知ることが出来る機会として、“自由な大人”な部分を見せたり伝えることもあります。これもまた一つスタッフが出来ることだと思っています。そんな大層なものではなく“素の自分”を飾らずに出すということですが、それを共有できるということもまたお互いに信頼関係が必要だったりします。押し付けでもなく、ねばならないでもなく、自由に表現してよくて、違いがあることを知ること。そういう人もいるのだということ見て感じること。だから、共感するなーでもいいし、自分はそうは思わないでも構いません。あなたもオッケー、私もオッケー、ただそれを知るということは実は結構大事なことだと思っています。そうやって自分の価値観を人と人との関わりで自然と広げ、若者たちが自分でも知らなかった自分を発見することで、自分自身の取扱説明書のようなものを獲得していく場面に出会うことがあります。そんな時、少しだけ“分析はできるけど解決はできない”のその先を見せてもらってるなーと感じることがあるのです。

解決とは、本当にこればっかりは人によるのですが、いろいろあるけどそれでも自分が何となくでも納得できた時のことなんだろうなぁと思います。“諦め”でも“受け入れ”でも“折り合い”でもどんな言い方でもいいのですが、いろいろあるけどある日、自分自身が腑に落ちた、ストンときた、納得できたというところまで至った感じが一つの“解決できない”の先なのかもしれません。それまでは周りがいくらヤイヤイと言おうが、あの手この手を尽くそうが、そんなものは関係ないっていうあの感じです。でも、ある日突然、自分自身が納得できたんだろうなぁと思う瞬間があって、こちらとしては何か分からないけれど一つ何かを乗り越えたのかなぁと思う、といったそんな感じです。そして多分、この“自分自身が”というところがやっぱり一番大事なんだろうなぁと思います。私たちはただそれに寄り添うこと、それしか出来ないけれどそれもまたスタッフが出来ることの一つだと思っています。

あれからしばらく時間がたち、先の言葉を漏らした若者は自分自身の納得を経て、あの時とは違うステージというか場所にいて、あの時とは違う景色を見ています。もちろんどの若者も“待った無し”で今も自分の人生の最前線にいて、今この瞬間だけで区切れば幸せかどうかとか良いか悪いかとかはきっと誰にもわかりません。わかりませんが、さいわい淡路プラッツはまだ存続しているので、たまに連絡をくれたり会いに来てくれたりして、その時に「そんなこともあったよねー」なんて話をしたりしながら振り返ることで、今の立ち位置を再確認している姿を目にすることがあります。そんな時、居場所はもちろんエエことばかりじゃ無かっただろうけれど、そこには同じ時間を共有して得た納得のカケラのような温かい何かがあるんだなぁと感じます。“分析はできるけど解決はできない”、それはきっとまだまだ続いていきます。もしかすると解決できないままかもしれませんし、意外とある日突然解決していたりするのかもしれません。そればっかりは誰にもわからないけれど、私たちは出来ることならやっぱり一緒にその先を共有したいと思いながら、新しい毎日を一緒にボチボチと過ごしているのです。

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「イベントに参加して感じたこと」

泉 郁実

■イベントには色んな思いが交錯している

 スタッフエッセイは初めてで少し緊張しておりますがお付き合い頂ければと思います。淡路プラッツで働くことになりもう9カ月が過ぎました。最初は居場所で「何を話そう?」「今声掛けてもいいのかな?」と自分の中で勝手に葛藤していました。まぁ今思えば気を遣いすぎなんじゃないかと・・・。こちらが話しかければメンバーの皆さんは普通に返答するんですよ。当然ですよね。そんな当たり前な事もわからない程緊張してたんでしょう笑

 そんな中、私が淡路プラッツのイベントに参加して感じたのは、メンバーさんそれぞれがイベントに対してこだわりを持っているという事です。

 こだわりという言葉を辞書で引くと、「気持ちがとらわれている」「気にしなくてもいい事を必要以上に気にする」ことだとあります。また「物事に妥協せず、とことん追求する」という意味があります。メンバーさんはどちらかというと後者の方ですかね。「自分はこうやって楽しむんだ」というこだわりがあるということです。そのことに気づいたきっかけは6月に行ったボーリングでした。「他の人とスコアを競いたい」という人もいれば「ストレスを発散したい」「回転をかけカーブさせられるようになりたい」等と、その時に同じ場所に居ても全員が同じ目的で参加する必要は無いんだと気づきました。メンバーさんも自分の目的を他者に強要することは無く、他者の目的は出来る限り応援しようとする姿がありました。同じ場所・同じことをしているように見えて実はそうでもないということがわかったイベントでした。

■辛抱強さと諦めの早さ

 また、最近のイベントとして1月から“プラッツ協同戦線”という名前のイベントが始まりました。大層な名前ですが、内容はミルクパズルをただ暇な時・気が向いた時に少しずつピースをはめていくものです。ただ、ミルクパズルはイラストが無く真っ白なピースしかありません。これがまた気の長いイベントでして、組み合わせる形は分かっているのですが、同じような形が何百とあります。(総数は驚愕の2000ピース)それをちまちまと検品をする単純作業が続くんです。こんなイベント誰が考えたんだ!!と叫びたくなるのですが、実はメンバーさんからの提案でして・・・。でも面白いと感じちゃったんです。まあ、そんなことは置いといて、このパズルは先程言ったように単純作業が続くのですが、まず同じ形のピースに仕分けをして、表紙の完成図をもとに枠を完成させるといった流れで現在まで来ています。また、作業をするメンバーの座る位置・担当する場所・検品したピースの置き場所等を効率を考えて、それを共有しながら進めています。さらに、2000ピースの中から当たりの形を見つけなければなりませんが、メンバーさん達はこれらの作業を黙々とミルクパズルに取り組んでいました。ただ、少しでも疲れたら他のメンバーに代わってもらったり違うことをして休憩したりなど、しんどくならないようにお互い自ら調整していました。

この協同戦線からわかったことは、メンバーさんはいかに効率よく進めていくことが出来るのかを考えているということと、辛抱強くありながらも諦めの判断が早いということでした。

■イベントで考えること

 何かイベントを企画しようとした時に、色々と考えてしまいがちになるのですが、そこでよく大学の先生の話を思い出します。その先生は、「関わりを持つ人は相手の能力を勝手に決めつけてはいけない。その人が本来備わっている潜在能力や可能性を持っていると常に考えなさい」と言っていました。今ではその発言の意味が良く分かるようになってきたと思います。それは対人関係ではどこでもありまして、サテライトに来ている子ども達もそうですし、アルバイトで来ている指導員、勉強会に来ているサポーター、家族、はたまたペットまで。普段の何気ない会話でも可能性というものを信じて様々な人たちと関わっていくと、その人の新たな一面を見つけることが出来るかもしれません。

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「過去ー現在ー未来」

藤村 泰王

 今回のエッセイの題名に大袈裟な印象を受けて、とても恥ずかしさを感じています。

 なぜ、こんな題名にしたかというと、堅苦しい話を書きたいわけではなく、このエッセイを書く前に見た「バタフライ・エフェクト」という映画に大いに影響を受け、なんとなくこんな題名にしてみただけなのです。

 この「バタフライ・エフェクト」という映画は、幼いころから短時間の記憶喪失が起る男の人が主人公です。記憶喪失の治療の一環として幼いころから日記を書き始めました。大学生になったある日、日記を読み返すとそこに書かれている「記憶がない出来事の場面」に戻り、過去を変えることが出来る能力に気付きます。その能力を使い、自分のせいで人生が変わってしまった女性のために主人公は過去を変えていきます。でも、過去を変えると自分の周りの誰かが不幸になってしまうため何度も過去を変え、苦悩するという映画です。詳しく描くとネタばれになってしまいますが、映画はサスペンスやホラー映画のようなドキドキするような描き方で面白く、内容や終わり方も面白いと感じましたし、それなりに有名で評価も高い映画のようです。

 僕自身も映画のように過去を変えられたらと何度も思ったことがあります。「あの時もっとこうしていれば」「あの時こうだったら」と…。思い出すだけでゾワゾワするような、後悔や恥ずかしさ、様々な感情が湧いてきます

 そんな時、過去を変えることができればどんなに幸せな人生を送れただろうと思っていましたが、この映画では過去を変えても自分や周りの人間が不幸になっています。映画を面白くするためにそういった描き方なのかもしれませんが、僕自身が過去を変えることで勝手に「幸せになれる」、「正しい選択ができる」と思い込んでいたように思います。

 ドラえもんの「タイムマシン」、バック・トゥ・ザ・フューチャーの「デロリアン」その他にも様々な過去に戻れる物や能力を人は想像の中で作り出しています。でも、どの話でも過去に戻っても上手くいくばかりではなく、慌てふためいて、四苦八苦しているように感じます。

 仮に過去を変えることが出来たとして、本当にそれは良いことなのかと自分を振り返ると、過去で感じた「恥ずかしさ」や「思い返すと後悔するような出来事」を経験しないまま、今現在の自分になっていたらと考えてみると、それはそれで困ったことになるような気がしています。

 過去に経験したことあるからこそ今の自分が上手く振る舞うことができたり、同じ過ちを繰り返さないようになっている気がします。なので、過去の自分が経験してくれて良かったのではないか、過去を変えることが良いことばかりではないのかもしれないと思うようになりました。

 当たり前のことですが、過去の自分が今現在の自分を作っているように、今現在の自分が未来を作っていくと思います。なので、今、失敗したな、恥ずかしいなという経験は未来の自分を成長させてくれると信じて、よりよい未来を生活できるように今の自分に変化を起こして行こうと映画を見て思いました。

 題名の「バタフライ・エフェクト」はカオス理論と呼ばれるものを説明する際に使われる表現だそうで、「蝶が羽ばたくと地球の裏側で嵐が起きる」というある変化が起きるとその変化がなかった時と比べ、結果が大きくかわる可能性を秘めているという考え方だそうです。

 なので、明日から出会う人みんなに、いつもより少しだけ元気に挨拶するところから始めてみようかなと思っています。この変化が自分の未来の変化だけではなく、地球の裏側の誰かを幸せにできると信じて…。 と、最後にくさい台詞を書いておいて、将来、この文章を読んだ自分が恥ずかしさを感じ、身悶えていることを期待したいと思います。

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「プラッツ大移動!」

浅井 紀久子

すでにご存じの方もいらっしゃると思いますが、9月末をもちまして、淡路プラッツは引っ越ししました。といっても、以前の淡路プラッツから歩いて5分程度のところです。“大移動”とは、大袈裟ですね。でも、そう言いたくなるぐらい、ヘビーというか、重厚感のある移動でした。なんせ、25年以上の歴史の層が…。

 きっかけは、建屋の老朽化でした。阪急の高架工事が始まり、その振動で建屋が揺れるようになり…。その後、地震や台風なども経験し、安全面を考えて「いいところが見つかったら、すぐにでも引っ越ししたいね。」とスタッフ間でよく話題にあがるようになりました。それが1年以上前のことになります。その後、まぁ不動産さんには何度も行くのですが、すぐには“これ!”といったところが見つからず…。「そろそろ“淡路”にこだわっていたら見つからないかもね」と話が出て探す範囲を広げようかと言いだした頃、今回の場所が見つかりました。それが、引っ越す数ヶ月前のことでした。こういうのも、ご縁ですね。

 候補として今の場所があがってからは、早かったです。入れ替わり立ち代わりスタッフが下見に行き、雰囲気はどうか・防音はどうか・広さはどうか・駅からの利便性は?などなど…。色んな視点からみんなで検討しました。そして、決めました。

 場所が決まれば移動する日を決めて、それに向けて荷造りですよね。まずそれが重厚感すごかったです。私自身、見たことないようなものや最近使えてなかったなぁというものが、わんさか出てきました。断捨離するしかないものも多かったのですが、正直、あっさり断捨離しようと割り切れるものばかりでもなく…。一方で、“何故今まで置いておいたんや”と思うようなもの(期限の切れた書類とか、壊れかけのものとか)も多く…。一つ一つにおいて、とにかくてんやわんやでした。

 そして、引っ越し前には“建屋のお別れ会”も行いました。急だったので内々の会にはなりましたが、それでも歴代代表やOB・関係者の方々など20名以上の方が集まってくださり、プラッツらしい“色んな人がふらっと集まってきた感”のある会になりました。そこでも、歴史の重厚感の濃縮された感じがありました。

 今回引っ越してみて、改めて“歴史”を感じました。居場所の物一つとっても、それを持ってきてくださったり使っていたり作成した人たちの歴史が当然あり、建屋のお別れ会をしたら、何年も来てなかったという方も来てくださったり(プラッツでも連絡先がわからなくて直接連絡できなかったけど、口コミで聞いて顔を出してくださる方も…)。これまで、色んな人々やご縁に支えられてきた団体であるということを、改めて強く感じました。長い間やっている団体であること、これからもやっていきたい団体であることを。

 というわけで(?)、11/9(土)は新プラッツのお披露目を兼ねた、オープンプラッツを行います!場所は変わりましたが、これまで通り“色んな人がふらっと集まってきた感”のあるプラッツであれるよう、気の赴くままに遊びにきていただけたら嬉しいです。雰囲気は、これまで通り、ゆったりまったりできる場所だと思います。

 プチ新生淡路プラッツ、これからもよろしくお願いいたします!

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手仕事の居場所をつくります。「テシゴトプラッツ」

 

こんにちは。プラッツに来たのがふた昔前になろうとしている宮武小鈴です。

某メンバーからは座敷わらしとか、プラッツに棲んでるとか言われ、先日は南河内プラッツでも妖怪扱い、どっちにしても人以外なイメージが定着してしまっています。なんで?

 実は中学生の時から、ちょっとそういうイメージみたいでした、そういえば。いや、今日はそんなことを言いたいのではないんですよ~!今日は「テシゴトプラッツ」の新展開のさわりをお伝えしますね!

 

「テシゴトプラッツ」という支援メニューをつくります。

 

 昨年度は内職プラッツやギルド部など、淡路プラッツメンバーで手仕事をしよう!という気運を盛り上げて参りました。

 スタッフで、これらを発展させて居場所以外の新しい支援メニューとして立ち上げようということになり、半年以上ミーティングを重ねてきました。

プラッツでの就労にむけての取り組みは、トライアルジョブという居場所以上ボランティア未満のメニューがあります。

 「テシゴトプラッツ」はそれ以上に就労訓練要素が多いメニューなのです。

 プラッツ引っ越し後、今年中に開所予定です。

 

「居場所」と「テシゴトプラッツ」の違い

 

 居場所支援では、対人関係に慣れコミュニケーション能力を上げていくことに重きが置かれます。プライベートの自分というものを起点に社会性をちょっとずつつけていくイメージですね。

 一方、テシゴトプラッツでは最初から意識して「社会的な自分」を作っていきます。具体的には開所時間にきちんと来ること、挨拶、業務内容の遂行、報告連絡相談など仕事の現場で必要なスキルを体得します。

 

手仕事テシゴト

 

 手を動かすことは、大切なことですよね。それで何か「物」をつくれると自信がつきます。毎週手を動かし続けて、「段取り」なんかも身に付きます。ストイックです。居場所に来て、毎回手仕事で納期があったら。。。みんな来なくなりますね。しかし、就労に向けて訓練をしたい若者にとっては作業することで充実した時間を過ごせます。またこの間にたくさん失敗ができます。そこから復活する方法を一人でかかえこまずに相談できるので、社会に入っていきやすくなります。

 

応援してください!

 

テシゴトプラッツには必要な備品があります。

例えばお家で眠りこけているミシンがあれば、ぜひともご寄付いただけませんでしょうか。

また、買ってはいたけど箪笥で肥しになっている布たちも寄付いただければありがたいです。その他、縫製関係で必要なアイテムなどなど大大大歓迎です!ぜひプラッツまでご一報ください。

 

テシゴトプラッツでは、淡路プラッツグッズを作ります。

「プラッツぐるぐるグッズ」。今まで、機関紙ゆうほどうが皆様と淡路プラッツの掛け橋でしたが、ぐるぐるグッズも楽しい掛け橋になりますように!乞うご期待!

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入り口は何でもいい

石田貴裕

 

ある場面で自然と流れてきたり、思い出したりする曲やフレーズはありませんか。私の場合ですが、例えばずっと親ごさんと面談していてある時、急に本人が来てくれた後にふと頭の中にこの曲が流れてきたり。またある時は、一対一の面談をしていた若者が次回は何となく居場所に行ってみようかなと希望した後に、ふとこの曲を思い出したりします。井上陽水奥田民生の「手引きのようなもの」という20年以上前の曲なのですが、なぜだかわかりませんが、ふと自分が黄昏れているタイミングで頭の中に「道なりに~、道なりに~♪」と流れてきます。まあ、わからんことはなく、自分の心持ちがそういう情景とリンクするということなのでしょうが、「あ、またこの釣りの歌の感じやな~」となることが何だか面白く、また大事にしたい感覚だなあと思っています。

 

「支援者っていう人を疑ってたし、信用できないし、毛嫌いしていた」。「NPOって怪しいし、よくわからないし、どうせ偽善団体やろうから行こうと思わなかった」。「別に困ってないし、相談したいこともない」。「誰かに相談したり、来てもらうなんて終わってると思っていた」。これらは後々にプラッツや支援機関に繋がった若者たちからよく聞く言葉です。支援者としてグサッとくる言葉もあれば、「そうね、わかる、自分も支援者って聞くと怪しく感じるし、何か上からで、何様?って思っちゃうな」と納得できる部分もありますし、「でも私も、すいませんと思いつつ支援者って名乗っているんです」という葛藤もあります。この矛盾を感じながら関わっているので親ごさんには会えても、当然ご本人には会えないし繋がれないことも多く、だから支援者は万能ではないし、プラッツも居場所支援も万能ではないなぁと力不足を痛感する時があります。居場所のもっともっと前のきっかけや入り口の話なんだよ、と。そんな気持ちの浮き沈みの際中にまたどこからともなく「山なりに~、山なりに~♪」と歌が流れてくることがあって、「あ、そうだ。万能じゃなくていいし、そんなことより何か届くことや面白いことを探そう。創ろう。何かないかな」とまた動き出せるときがあります。

 

この曲のテーマは釣りですが、それこそ入り口は一緒に釣りに行くでもいいし、音楽でもいいし、アニメでもいいし、声優でもいい。漫画でも、ゲームでも、PCでも、スポーツでも、ウォーキングでも、政治でも、哲学でも、宇宙や科学や日向ぼっこでも、とにかく入り口は何でもいいと思っています。そこからゆるっと繋がるきっかけにさえなり得れば。でも一方で、何かのご縁でプラッツや支援機関のことを知ったけど、「まだ今はタイミングじゃない」と思っているご本人にとっては、きっかけと言われてもそれはただの“いらんお節介”になってしまいます。その場合は、全然ゆるくないだろうし、嫌悪感もあるし、期待なんてできないかもしれません。ですので、その時はもちろん引き下がりますが、また折を見てはゆるっと繋がろうと試みます。お節介でごめんなさいとは思いつつ、でも居場所やプラッツには「あの入り口があったから、そこから少しずつ広がった」と話してくれるご本人たちが居るので、だから私たちも諦めずに何とか入り口の取っ掛かりを探したいと思っています。たとえそれが支援者のエゴだと言われても、それでもその先にいるご本人は“ずっとこのままでいい、ずっとこのままでいられる”とはやっぱり思いきれていないと感じているので、それを思いながら今日もきっかけ探しの迷走を続けています。親ごさんとの連携を重ね、言葉を選び、態度を選び、熟考と勢いの微妙なバランス感覚を研ぎ澄ましながら。もはやそんな時は、支援者だろうとそうでなかろうとどっちでもいいし、誰でもいいからとさえ思っています。ともかく、ご家族以外の誰かとゆるっとでいいから繋がって欲しい、そう思いながら、顔や声や態度には出さないけれど、歌詞にあるとおり「どうか届け」と心の中で呟いています。

 

先日も若者ご本人が、己の声に従って新しい一歩を踏み出す場面がありました。いいか悪いかは誰にもわかりませんし、いいか悪いかで測るようなことでもありませんでしたが、その時もふと、「それなりに~、それなりに~♪」とこの歌が浮かんできたので、この度その思いを文章にしました。みんなが自分のタイミングで納得して踏み出せることを心から願い、私はそれを応援しています。

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