NPO法人淡路プラッツ - パート 16プラッツからのメッセージ
講座【自立につながる居場所支援~フリースペースはなぜ必要か~】を開催します
2015年5/2(土)13:00~15:00
ひきこもり・不登校・ニートの子を持つ保護者のための入門講座を開催します。
場所:淡路プラッツ3階
講師:当法人スタッフ(臨床心理士・精神保健福祉士・キャリアカウンセラーなど)
ご予約はお電話、メール、ファックスにて承っております。
当日ご参加もできます。
電話/ファックス)06-6324-7633
メール)※トップページのお問い合わせフォームからお申込みください。
2015年4月3日
安田 昌弘
今年も春が来ました
とても待ち遠しかった春が来ました。桜がめっちゃ好きだからというわけではありません。寒いのがめっちゃ嫌いだからです。寒さは何となく活力を奪うんですよねぇ。秋が深まり、肌寒くなり始めたころから、春まであとどれくらいと指折り数え、カウントダウン。春の訪れをじっと待っておりました。どことなく、虫たちとおんなじ感覚です(笑)。
そんな春は大人にとっても子どもにとっても、その身辺にさまざまな動き、変化がある時期です。そして今年は、私にも変化がありました。3月末で、8年間勤務していた某自治体での職員のための健康なやみ相談員の職を終えました。この間、仕事場は掛け持ちだったのですが、今年はいよいよ淡路プラッツ一本です。暖かくなってくるので、いろいろな課題に取り組んでいきたいと思います(寒くなったら、徐々にフェイドアウト・・・はないように)。改めまして、今後ともよろしくお願いいたします。
メンタルヘルスは大切です
さて、これまで行っていた健康なやみ相談ですが、その相談室は職員の健康管理の一環で(特に心理的なサポート)、職場の中に設けられました。そこでの私の主な仕事は職員の心理的な相談を受けることでした。最近よく耳にする、いわゆるメンタルヘルス相談です。労働者の心の健康問題は、近年、重要なテーマです。相談される職員には、休職中の人もいましたし、これから復職を考える人、現在悩みを抱えながらどうにか仕事に来ている人、もう休んでしまいたいという人、さまざまです。仕事場での不調は、仕事の質量、人間関係、健康問題や家庭でのことなど、これもさまざまな原因があります。心身相関という言葉がありますが、心が不調になると、身体も不調になります。悩みごとが深まると、胃が痛い、眠れないなど体調不良が起こり、大きな病気に至らないとも限りません。また逆に、身体に病気など不調を生じると、心も健康な状態でいられなくなるということは当然あります。風邪をひいただけでも気分は塞ぎます。心と身体はお互いに関係しており、「健康」とは身体だけ気をつければ良いというものでもありません。「心の不調」は、いわゆる健康な人にとっても、いつ何時訪れるかもしれません。だから、日頃からのメンタルヘルスケアはとても大切です。なので、労働者でもある親御さんや支援者のみなさんに取りましても、「心身の健康にはぜひご留意を!」と、職業人カウンセラーから最後の一言 (笑)
社会人の相談をして感じたこと
職員の方の相談をお聴きし、一緒に次のステップを考え、方向づけていく過程はとても有意義であり、組織・労働という枠組みで、その人たちの心の問題に取り組むことは、私にとってとても貴重な経験となりました。組織の中の相談では、確かに「組織」「仕事」という観点に重きを置くことは必須です。職員の健康問題は組織にとっても損失になります。しかし、「仕事と人」ということを考えるにつけ、私が感じたことは、現在就業中である一人の人の悩みに関わること、今現在仕事に就けず、進路が定まらない若者の自立の悩みに関わることは、その本質に大きな違いがないのではないかということでした。「仕事上の悩み」と「自立・就労の悩み」、具体的に見ると、置かれている立場はまったく異なるようですが、自分の進む先に困難が立ちはだかって、うまく立ちゆかない状態にあるということは、個々人にとっての『人生の悩み』であり、そしてまだ続きのある『通過点』に他ならないと。当面の問題、「仕事」「自立・就労」の課題に沿って、その問題対処の方法を考えるだけでなく、これからも幾度となく訪れる『人生の通過点』にサポートしているという感覚が大切なのではないかと改めて感じさせられました。
労働者に対するサポートは同じ組織にその職員が所属する限りにおいて、持続的・継続的なものとなり、またその必要性があります。このような支援の感覚を、プラッツの若者自立支援に活かしていければと考えている新年度です。
2015年4月1日
カテゴリー: スタッフエッセイ
2014年度入門講座は終了いたしました。
2014年度 ひきこもり・ニート・不登校の子をもつ保護者のための入門講座
【居場所支援の意味】は全て終了いたしました。
次回は2015年5月以降より開催させていただきます。
詳細はもうしばらくお待ちください。
2015年3月25日
2014年度ステップアップ講座は終了いたしました。
2014年度 ひきこもり・ニート・不登校の子をもつ保護者のためのステップアップ講座
【〝自立・就労〟を目指す若者に親ができること】は終了いたしました。
次回は2015年5月以降より開催させていただきます。
詳細はもうしばらくお待ちください。
メキシコ旅行写真できました~!
プラッツで行く旅行の究極はメキシコ……。
もちろん希望者のみです。10日間行ってきました!
まずは、グアダルーペ寺院。
褐色の肌のマリアさま。
なぜかというと、現地の人を救うために姿を現したからだそうです……(感動)。
セビーチェ。
白身魚のマリネ風味、さっぱりしていて、めちゃおいしい!
後ろに写っている、パリパリのチップスに乗せていただきます♡
ケサディーヤ(タコスの一種)。
チーズ入り。オアハカチーズはあっさり?でもこくがある。
これまた美味。コロナ(メキシコのビール)によく合う♪
ラディッシュが旬で、みずみずしさに驚き……!!!
ってゆうか、これじゃあまるでグルメ旅行記やん……。
がらっと変わりまして…こちらは、月のピラミッド。
テオティワカン遺跡の一角にあります。
そして、太陽のピラミッド。これがテオティワカン遺跡の中心!!!
上の月のピラミッドと何が違うかというと、こちらの方がだんぜん大きいのです。
でも階段が急なのは月の方。
上まで登るのはかなり大変、運動不足の私たちには……。
でも、太陽のエネルギーをいっぱいいただいてきました!!
これは、マンサニーヨにいる野生の鰐。
誰も食べられませんでした。よかったです。
ものすごく簡単な柵がされているだけで、鰐が本気出したら出てくるんじゃ……
メラケの夕日。
ひたすら癒されました。メラケは旅行者のバカンス地になっていて、
みんなワイン片手に浜辺に並んでいました。
そこに居たおばさまに「英語しゃべれるの?」と英語で聞かれましたが?
「NO…」と答えました。せつなかったです、喋れたら何かが生まれたかも……。
って「NO」って英語で答えてるねんけど。
ところで今明かされますが、写真の日付は日本時間。
設定しなおすのを忘れてましたトホホ。
実は一番最初にいった、シティにある独立記念塔。
スペインからの独立です。大都会のど真ん中に。
周囲は車がブンブン走ってます。
10日間、あーーっという間でした!
初めての文化や食べ物に出会えて、本当に色々なものを吸収してきました。
少し、度胸もついたかな……?
帰りはみんな、どことなく、逞しくなったような表情でした☆
2015年3月1日
カテゴリー: 活動ブログ
沖縄旅行写真です~!
沖縄ワールドのヤシの木。
鍾乳洞も入りました。
絶品!『もずくソーキそば』もずく食べ放題!!!
もずくソーキそば、もずく天ぷら、もずく炊き込みご飯、もずく酢のもの、もずくゼリー………
知念岬公園と海の男、じゃなくてスタッフイシダ。
勝連城跡からうるま市?を一望……
巨人キャンプの交流戦も。
このあと、国際通りブラブラもあったけど、カメラ電池切れ……。
2015年2月25日
カテゴリー: 活動ブログ
居場所の旅行
淡路プラッツの居場所では旅行のイベントもあります。
2月22日~24日までは沖縄旅行。
2月18日~27日まではメキシコ旅行。
どちらもメンバーとスタッフが帰ってきたら感想や写真をアップしますのでご期待ください。
沖縄旅行組は本日の夜に戻る予定。
土産話が楽しみです。
2015年2月24日
メキシコ研修・体験記
浅井紀久子
2月18日~27日までの10日間、メンバーさんとともに、メキシコへ“研修”という名の旅行に行ってきました。
*異文化に触れる*
片道、飛行機で15時間程度。まず、「こんなに長時間、飛行機に乗ったことがない…何かずっと揺れてるし…。」と少し恐々な道のりで、着いた頃には何だかぐったり。しかし、次の日からの体験は、そのぐったり感を忘れさせてくれるものでした!
観光先の一つひとつの感想は、誌面の都合上、書ききれませんが…。メキシコシティでは、テオティワカン遺跡やグアダルーペ寺院などを見て回り、その後メラケという海に近い小さな町で5日間過ごしました。そこでは、海に入ったり、隣町まで足を延ばしたり。目にする風景も、食事も(これがまた、美味しい!)、聞こえてくる話し声も…とにかく、すべてが新鮮で、刺激的で、毎日五感がフル活動でした。
*人々に出会う*
まず、同行させていただいた、NPO法人はぐれ雲さん(※1)のメンバーさんが、全員“初めまして”でした(笑)。そして、メラケで出会った、ゴローさん・ジュンコさん夫妻(※2)とご夫妻のもとで働くグリスとカルロス、遊びに(?)いらしてた、たけさん。たった10日でこんなにたくさんの初めましての方と会うことが、まず、日常そんなにない…。色々なことを体験とともに教えてくれる皆さんと、日に日に表情が柔らかくなって、自然と笑顔が増えていく一行。これまた、知らない間に閉じていた感覚が、ほぐれていったような印象でした。
*その中で、感じたこと…*
新しいもの・人々に触れる中で、私が感じたことの一つが、選択することや判断することの“難しさ”と“単純さ”でした。メキシコ(特にメラケ)では、ゆっくりなペースで過ごしていましたが、一方で、とっさの判断に迫られることもありました。日常の些細なことですが、なんせ言葉が通じない上、風習もよくわからないので、その判断が合っているのかどうかが、わからない。元々優柔不断なところがあるので、色々考え出すと、もう、ものすごく難しい…。最初は、例えば道にしても、窓口にしても、食事にしても…何を・どれを選んでいいのやら、でした。
でも、しばらくすると、慣れてきました。わからないことは、相変わらずわからない。ので、ある意味、“どれでもいいや”になってきます。決して投げやりなのではなく、その時一番惹かれたり、好きな感じだったり、なんとなくこれかなぁと。そうなってくると、選ぶことが単純になりました(笑)。判断基準が自分にしかないので、どれを選んでも、自分にとっては間違っていないのです。その時に、あ、これ…と思ったものが、その時の一番。なんか違う…と思ったら、その時点で修正していけばいいか、と(はい、メラケで道に迷いかけました)。自分の感覚を頼って何かを決める、ということから、あまりにも遠ざかっていたことに気づくことができました。
ゴローさんが、スーパーで、「日本人は、すぐわかる。せかせか歩いてるから。パッと目につく。メキシコ人、見てみな。みんなゆっくり歩いてるよ。色んなことに興味持ちながら、周りキョロキョロしながらさ。」と。確かに、みんなどことなくゆっくり…。でも、自分の周囲にちゃんと興味を持ちながら、これ!と感じたら足を止める。そんなペースが、実は地に足がついているようにも見え、私も色々よそ見してみようと思ったのでした。直感を少しでも磨くために…。
※1)富山県にある宿泊型の青少年施設で毎年代表の川又さんとメンバーがメキシコのゴローさんのところに行っている。
※2)メラケ在住で日本料理店を開いておられるご夫婦。
2015年2月1日
カテゴリー: スタッフエッセイ
登り窯で焼き物できた!
湯のみ、ぐい飲み、焼酎飲み……
早速、ナイトプラッツで活躍中!
焚いた薪の灰が自然につくった釉薬の景色。これは渋い………!!!!!
次回は1月後半にハーベストの丘まで作陶に行って、4月に登り窯焼成。
2015年1月10日
カテゴリー: 活動ブログ
闇との闘い方…日常、だが非日常的。
宮武小鈴
【暗黒部隊の存在】
「私は日夜、暗黒部隊と戦っている」。
これだけ書くと、小鈴さんはやっぱりヤバイ人やなぁ……と思われる。
その暗黒部隊がどこに居てるのか、が問題だ。それはあっさりいうと、自分の中にある。自分の心の暗愚との闘いともいえる。そして日々、勝ったり負けたりしている。
さて、この〝闇との闘い〟は物語として暗喩されていることが多い。小説、ゲーム、漫画、映画、あらゆる物語の中に表現されていてご存知ファンが非常に多いことも、このような世界感に案外、感覚の根底で多くの人が共感できているからだとおもう。そしてこの“暗喩”は普段の生活の中にもあって、それに気づくと日常のあちこちに“闇との闘い”がベースとしてあることになり、一気に日常の非日常感が高まってファンキーだ。でも気をつけたいところは、それを簡単に「正義と悪」との闘いと言ってしまうと本当に面白くない。やはり「光と闇」という表現の方が深いものがあり、しっくりくる。善と悪が拮抗している世界というよりも、光輝くおとぎの世界が〝闇の世界〟と仲良くセットになっているのだ。
闇との闘いのバイブルといえば「ゲド戦記」。アニメ映画でもあったが、原作の方がやはり秀逸だ。舞台は架空の世界だが、〝己の闇〟がどこにあるのかが書いてある。たとえば、主人公が顔に負った傷の由来、「闇」が潜んで自分を待っている世界の境界、闇に親和する女性の話、などうすら怖いと感じる場面もある。それから、現実的にわかりやすく書いてあったのは『三国志』(吉川英治)だ。一言でいうと人が衰退していく様子がわかりやすく描かれている。特に死ぬ前の英雄には共通の〝兆候〟があり(諸葛孔明は違っていたが)、人のあり方として学ぶところは多い。
ところで、いつも一つ疑問がある。「闇の根源は何か」。
何万年前から、どの時代から、いったいどの人から、どの猿からはじまったんだろう?
【闘い方がある】
“闇との闘い”にはいくつか重要な要素がある。「モンスター的なものが出てくる」「仲間とトラブルを乗り越える」「でも案外たったひとりで立ち向かわないといけない場面がある」。これら全てが自分の中にある世界だと思うと、日常世界が一気に深度が増す。
ところで、“闇との闘い方”の方はどうだろう。剣でぶっ刺す、弓でぶち抜く、罠にかけて捕縛する……これくらいがイメージしやすいが、私のお勧めはこちら。ハリ―ポッターの中で、狼男のリーマス・ルーピン先生が〝闇の魔術に対する防衛術〟を教えるのだが、それは恐怖の対象を〝笑い〟に変えるというもので、吉本新喜劇で育った関西人には非常になじむかもしれない。これもあり。
この“闇との闘い方”を工夫するために日々の中に研究があり、本を読んだり、遊んでみたり、何かを作ってみたり、人と話してみたりする。
だが本当は、一番怖いことは、自分の暗黒部分が暗黒かどうかがわからなくなってしまう、ということだ。それを正義にしてみたり、善なるものと思ってしまった時に、誰かを巻き込んで深刻だったり時には悲惨だったりする状況が生み出されてしまう。
そのために、他人が居ると思っている。「それ、闇やん」「それは案外、闇ちゃうで」と暗に教えあえるような、時には声をかけあえるような関係の、友人知人家族が居て欲しい。それが仲間かもしれない。本の著者でもいい、過去の偉人でもいい、架空の人物でもいい、気付かせてくれれば。
とにかく個人の闇が、バランスを崩していろんな形で膨張していかないように……。
2015年1月1日














