淡路プラッツ

特定非営利活動法人青少年自立支援施設

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石田貴裕 | プラッツからのメッセージ

パターン介入

 石田 貴裕

 親ごさんとの面談が継続していく中のある時点で、「パターン介入」とも言うべき瞬間が訪れることがあります。そんな言葉があるのかどうかは知りませんが、何かというと、子どもに対する親ごさんの何気ない言動や振る舞いについて一緒に立ち止まって見て共有する中で、「いつものそのパターンでいいのだろうか?」とか「このパターンも考えられるのでは?」とか「このパターンもありなのでは?」などを、おこがましくも文字どおり介入していくことを指します。

このパターン介入、いやいや実はなかなかの曲者で、「それいいですねー、じゃぁ、やってみましょう」って、そんな簡単に実行できるものでもないのです。そもそも、その家族間の親子関係が、長年かけて作ってきた習慣や関係性や家族文化ですから、そんなおいそれと新しいパターンに切り替えられるほどヤワなものでもないですし、そんな簡単でしたら「もうとっくにやってるわ」ってなもんで、意外と手強い相手だったりします。

例えば、親ごさんから「その日最初に顔を合わせた時に、挨拶をすることがもう何年もないんですよねー」みたいな話があったとします。理由としては、昔は挨拶や声かけをしてたんですが、うるさいって言われたり嫌な顔をされたりするので「無理に声かけしない方がいいのかなぁ」と思ってやめてしまってるんです、と。

また、別の例えばですが、自分(親)が口を開くと、つい注意や、「~したらアカンよ」などの“禁止”から入ってしまうんです、という話があったり。自分でもダメだとは思いつつ、何故かついそのモードに入ってしまって、そうすると子どもも“否定”をぶつけてきて、結局言い争いになってしまうというのがいつものパターンなんです、と。

あくまで例え話ですが、こういった「わかっちゃいるけどなっちゃうパターン」は誰でもどこでもよくある話です。それが良いとか悪いとかではなく、ホントよくある話なので、私自身はあって全然OKだと思っています。ただ、親ごさんのタイミングによっては、何かその物言いの後ろ側に引っかかったものを感じる時があって、そこを止まってよく聴いてみると「何かこのパターンを変えてみたいんだけどな~」と話し出す方もいらっしゃいます。その中で、「本当は自分が面倒くさくなってるんですよね…」とか、「何か違うパターンをやった時に無視されたり、反応が無かったりするとつい諦めてしまって。反応が無いことを続けるってしんどいんですよね…」と呟かれる親ごさんもいらっしゃいます。

普段は「若者本人が一番辛いよなぁ」というスタンスの私ですが、でも、やっぱり親も同じように辛いよな、しんどいよな、と切実に感じて胸が苦しくなる瞬間です。もっと劇的に状況を打開できればいいのにな、魔法の言葉があればいいのにな、っていつもいつも思います。でも、そんなものはどこにも無い。そんな都合良くはいかないってわかっています。でも、だからといって、そこに希望がない訳じゃないって思っています。なぜなら、これまで地道だけれど一歩一歩と着実に歩んでいくご家族をたくさん見せてもらってきたので。結果、それが一番近道だったんだなって感じる姿を、今までたくさん目の当たりにしてきたので。だから、始めようと思った時がスタートであって、そこに希望はちゃんとあります。あのパターンやこのパターンに少しずつ足したり引いたりを繰り返しながら、そのご家族に合ったタイミングややり方を一緒に模索していきます。上手くいくこともありますし、上手くいかないこともあります。むしろ、そっちの方が多いかもしれません。だって「いつものパターン」はやっぱり曲者で、やっぱり手強い相手ですから。それでも諦めず、出口を見据えて一歩一歩関わり続けた親ごさんの中には、「挨拶や反応が少し返ってくるようになりました」とか、「前よりは少しだけ話せるようになりました」と笑顔や苦笑いとともに話してくれる方もいらっしゃいます。たまに訪れるそんな時が、少しだけ「いつものパターン」が広がったことを共有して一緒に喜べる瞬間だったりします。

パターン介入は強制介入ではありません。ともすればただの「おせっ介入」になってしまうのかもしれません。だから、無理やり取り組む必要もありません。いつがタイミングなのかも正直よくわかりませんし、無責任な言い方ですいません。ですが、この「パターン介入」は、やってみようと思う親ごさんの背中をそっと後押しする要素は持っているかもしれません。だとすれば、もしその地道な歩みの一歩目を踏み出してみようと思い立ったのであれば、ひとまず一緒にやってみましょうって思っています。二歩目、三歩目と、その先にある“希望ある未来”を目指して。大丈夫、きっと大丈夫。一人じゃないし、ここから、これからです。出口を見据えて、もしよろしければ入口から一緒に始めましょう。

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代表就任挨拶にかえて

石田 貴裕

 年度も半ばを過ぎたところでのご報告となりましたが、この度淡路プラッツの代表となりました。この間、各スタッフとの協力・連携のもと、新事業の立ち上げや法人体制の見直し、また来年25周年に向けての構想や準備などもあり、誌面での挨拶が遅れましたことお詫び申し上げます。

現在のスタッフはそれぞれが各事業責任者や担当業務を担うなど、それぞれの強みを活かしながらチームとして全体を運営しています。そういう意味ではみんなが淡路プラッツの代表者としての自覚を持って何事にも取り組んでおり、私自身もそのチームの一員として、代表の職務を責任を持って全うしていこうと考えています。頼りない点も多々あるかと存じますが、ぼちぼち本気で頑張りますので今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します。

さて、この機会に今一度NPO法人淡路プラッツの存在意義について明文化しておこうと思います。プラッツは今も昔も変わることなく、ひきこもり・ニート・不登校等の課題を抱えるご家族(若者および親ごさん)の自立支援とその啓発を行う団体です。それを実現するために、関わるご家族と一緒に“希望ある未来(自立を含む)”を創造していきます。その中心としてあるのが「居場所」であり、それを居場所支援と呼んでいます。居場所はもちろん若者の居場所であり、また親ごさんの居場所でもあり、OB・OGなどプラッツを通っていったご家族みんなの居場所です。だから、プラッツの居場所支援は同時に家族支援であり、そのご家族に寄り添う伴走型のスモールステップ支援です。一つずつ進んでは戻り、戻っては進む小さなステップアップを繰り返しながら家族と一緒に今を切り拓き、喜んだり悲しんだりもがいたりしながら、それでも希望あるその先を一緒に創り出そうと試行錯誤するのです。

もちろん、居場所支援は万能ではありません。うまくいかないこともあったり、離れていくご家族もあります。ですが、それ以上に、現状を乗り越えて希望ある未来を創り出したご家族がたくさんいます。関わる目の前で、自立へのロールモデルをたくさんのご家族が体現していきます。だから、プラッツは今も昔も変わることなく、家族を支え寄り添う「居場所」であり続けます。若者・家族が孤立しない社会を目指して。また、居場所支援を含む、包括的な支援の確立を目指して。

そして、その実現のために引き続き、人・物・お金・地域・社会・心意気・思いやり・喜怒哀楽など、巻き込めるものはみんな巻き込んでいく形で、“おせっかいな大人”をますます増やしていきたいと考えています。そうやってここまでやってこれたので、恩返しの気持ちも込めて、今までも、これからもみんなの「居場所」であるように。プラッツフェスティバルも含め、まだまだいろいろ面白いことや新しいことをやっていこうと思っていますので、今後ともご支援ご協力のほどよろしくお願い致します。

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「イベント」の意味と可能性

石田貴裕

 今までプラッツに通ってきてくれていた若者たちの中で、この先どうやって社会に繋がり、どういう形で自立していくのかを、出会った時から予想できた若者はほとんどいません。みんないい意味で、私の予想を裏切る形でプラッツを出ていきます。「あ、意外とそっちのジャンルに行くんですねー」とか、「おぉ、そんな繋がり方もあるんですねー」など、実に様々です。もちろん、それは親ごさんにもわからなかったでしょうし、本人ですら予想だにしなかった形で旅立っていくことがほとんどでしょう。それでいいし、それがいいと思います。その時点では可能性は無限大で(本人たちは希望薄で来ることがほとんどですが)、人生何があるかわからないから面白い。だから進んでいけるんだと思います。

「こうなるよ」ってわかっていたら楽しくないし、進みたくない。反対に「どうなるかわからない、お先真っ暗」でもこれまた進めない。多くの若者たちから聞く、この“暗黒すぎて進めない”と“真っ白で広大すぎて進めない”の二極化は、彼・彼女らが抱える特徴でもあり、絶望も達観も根底では実は繋がっていて、どちらにしても動けないもどかしさ、苦しさ、怖さ、しんどさがそこにはあります。いずれにせよ、そのような不安を抱えた形でひとまずプラッツに繋がってきてくれる若者や親ごさんがたくさんいます。それを受け止め、受け入れる場所が「居場所」であり、「親の会」であり、「プラッツ」です。まぁまぁ、ボチボチまったりやろうよ。ほんで、もしやりたくなったら何かやろうか。それまでひとまずのんびりしてようよ、的な。もちろん、そこは探りだせば方法論や支援論も見え隠れするかもなのですが、それはそれとして入口がフワフワとこんな感じなので、ゆえに出口も、いい意味でフワフワと予測不能でスタートしていきます。

話は変わって、イベントについてですが、最近プラッツでは久しぶりのバンド活動が始まり、個人的にも楽しくなってきています。楽器は難しいイメージがありますが、やってみると案外「いけるねー」と出来たりします。そもそも、上手い下手は関係なく、みんなでピタッと合う瞬間があると「おぉー!」と感動するのですが、バンドに限らず、イベントにはこの「おぉー!」がたくさんあります。例えば、楽しかったり、感動だったり、発見だったり、興味深かったり、納得したりなど、何にしろ「おぉー!」と“心が揺れる瞬間”が大なり小なり出てきます。それは言い換えると、内容やタイミングによって「イベント」には、絶望や達観で固まり委縮している若者の気持ちや心を動かせる可能性があるということです。もちろん、そこには人との信頼や関わりがあってのことですが、それを経て「じゃ、やってみようかな」という瞬間があって、そこをイベントが一役買うことになります。

それはいつ?どのイベント?という話になるのですが、これが先の出口の話と同じく、予測不能というか、よくわからない部分を多く含んでいます。例えば、音楽聞くのは好きだけど演奏には興味ないように、また、食べるのは好きだけど料理は好きじゃないように、何が引っ掛かりになるのかがよくわからないことも多く、結局こればっかりは謎なのです。興味はあるけど参加しない・できないこともあれば、全然興味ない感じだったのに当日突然参加してみたりも日常茶飯事で。そこには様々な事情があるので全然OKかつ問題ナッシングなのですが、ともかく予測しきれないという事実があります。だから、数打ちゃ当たる的に、たくさんのイベントをみんなで話し合ってひとまず立ててみます。人や場の雰囲気や時期に合わせて、例えば、TVゲーム、ボードゲーム、アート、バンド、料理、お茶、カラオケ、ボーリング、ビリヤード、ソフトボール、フットサル、映画、お出かけ、旅行、などなど。今年度は日本舞踊、太極拳、ステンドグラス、そば打ち、などもやってみました。でも、目新しいからといって必ずしも参加が多いという訳でもなく、これまた読めないのですが、意外と(と言っては失礼ですが)いつも人気で参加者が多いのが「お茶」だったりします。なぜ?お抹茶が飲めるから?和の心?私には見当もつきませんが、要するにお茶に限らずイベントにおいては、参加予想は結構外れたりして毎回その連続だということです。それでも、何かのタイミングで誰かの引っ掛かりになることも大いにあり得るので、その一瞬のために色々なイベントを模索しているのです。

実際、誰がどれに参加するかは蓋を開けるまでわかりませんが、イベント体験は良くも悪くも若者たちの心を揺らし、その経験はまた次へと繋がるかけがえのない一歩になっていきます。面白かったか面白くなかったでも、しんどかったかしんどくなかったでも、もう充分かまたやりたいでも、感想は何でもいいと思います。大事なことは、想像だけではなく本当の実感がちゃんと伴ったうえで“経験して感じること”、これに尽きると思います。そして、この“経験して感じること”だけは、親も他の誰も肩代わりしてあげることができません。だからこそ、イベントを通して自分でリアルに感じること、「おぉー!」と心が揺れることを、出来るだけたくさん体験できるといいなと思います。もしかすると、絶望や達観が邪魔する部分もがあるかもしれませんが、それでもイベント体験を通じて「いいことばっかじゃないけど、悪いことばっかでもないかな」と思ってもらえる居場所でありたいと思いますし、そんな社会であって欲しいと心から願います。なんてことを思いながら、日常は“愛すべきアホらしいイベント(exラーメン梯子食い)”から“壮大なイベント(exメキシコ旅行)”までを、分け隔てなく愛でる毎日です。

結局のところ、イベントも出口も何がきっかけになるのかはわからないですし、どうやって旅立っていくのかもはっきりとはわかりません。でも、逆に言うと何でもがきっかけに成り得るということですし、だから人生は面白いと思うのです。これからもたくさんのイベントを通じて、また新しい誰かの一面に出会い、その先の一歩に関わっていくことを続けていこうと思っています。

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石田 貴裕

自分でも知らなくて驚いたのですが、なんと僕は今年でプラッツ歴10年目を迎えています。改めて数えることもなかったので気にしてませんでしたが、ひとところに10年関わるというのはそれはそれで長い歴史な訳で、おかげでその間いろんな方々に出会ったり関わったりをさせて頂きました。もちろん、すべてが順風満帆って訳ではなかったのですが、改めて「本当によかったなぁ、自分は恵まれてるなぁ」と感動を覚えるともに、感謝の思いが沸き起こっている今日この頃です。加えて、今年で40歳を迎えるにあたり、今の心境を少し綴ってみたいと思います。

 

プラッツに関わったこの10年間に僕自身にもいろいろな変化がありました。今現在、2歳と5歳の子どもがいるのですが、自分が親になって子育てをしていることなんて10年前には想像もしていませんでした。30歳にしてバンド活動をしながら、月1~2本のライブや遠征をしたり、気ままな独身生活でその日暮らしを満喫していましたが、ありがたいことにプラッツはそんな生き方・働き方・不適合感を“多様性”として受け入れてくれました。やがて、結婚をし、バンドにも一区切りをつけ、NPOで働き続けることを決意し、そこから居場所での関わりだけでなく、親ごさんの面談・講座・外部や社会への啓発活動・組織の運営や経営等に役割を変化させていきました。同様に、プライベートでも子育てと共に時間の使い方が変わり(夜型から朝型へ)、家庭における役割も変わり(夫・父親)、共働きなこともあって当たり前ですが家事も子どもの世話も出来るだけ積極的に楽しみながら関わっているつもりです(足りないと言われそうですが、笑)。

今でこそ、この「人生は思った通りには進まないなぁ~感」をやっと受け入れ楽しめるようになってきましたが、当初はこの目まぐるしいジェットコースターのような日々の変化に翻弄されっぱなしでした。時期によっては精神的なバランスを崩して他人のせいにしたり、“何で自分ばっかり”とか思い込んで荒んでた時もあって、それはそれはいろんな人に迷惑もかけながら、同時にいろんな人に助けられ支えてもらいながら、何とかここまで辿り着いてるな~という実感があります。

そんな中、ある時点で自分はこういうスタッフ(支援者)になろう!と決めたことがありました。それは「“太く短く、でも完璧なスタッフ”ではなく、“細く長く、失敗してでも息ながく関われるスタッフ”であろう」というものです。これから先に待つ未来はきっと楽しいことばっかじゃないかもしれない。取りこぼしもある、失敗もある、関わる家族とうまく繋がれないこともある、関わる誰かが命を落とすことだってあるかもしれない。それでも、誰かと繋がれる存在でありたいと思うようになってきました。たとえ、落ち込んで、絶望して、諦めることがあっても、それでもまた関わっていきたい、そう思います。理由はきっと、人が好きだからでしょう。細かいことはわかりません。もちろん、一人も好きで、孤独も大好きです。でも、やっぱり人が好きだと思います。そして、そのためにも、自分の人生も大事なものにしたいと思うようになりました(あのテキトーに過ごしていた僕が、汗)。

年齢のせいなのか、子育てのせいなのか、役割のせいなのか、まぁいろいろとあるんでしょうが、「変化していく」ということ。昔は何となくビビっていたそのことを、良くも悪くも遅ればせながら受け入れ始めました。誰かのせいじゃなく自分の選択として。これから先、若者との関係性も、親ごさんとの関係性もまた、さまざま変化していくことでしょう。それって全然悪いことじゃない、そう思うようになりました。そして、これからも若者やご家族とたくさん関わらせてもらいながら、細く長く、お互いにできる範囲で共鳴したいし、共有しあいたいと心から思います。

とはいえ、誰が言ったか「不惑の四十」。僕には何ら当てはまることなく、迷い、惑い、戸惑う40歳代に突入です。本当はもっとしっかりもしたいんですが、なかなかどうして。最近の面談では、親ごさんのお話をお聞きしながら、逆に子育てのアドバイスを頂いたりなんかして、子育ての先輩方に助けられることもしばしばで(笑)。親に限らず、子に限らず、僕に限らず、みんなどっかで迷い、惑い、戸惑いながら、それでも進もうとしておられます。だからこそ、出来ることは少ないとしても、せめてその“揺らぎ”に付き合いたいと思っています。これからも、困ったときには「ヘルプ~」を言いながら助けてもらって感謝して、間違った時には「ごめん」と伝えて見直して進む。持ちつ持たれつ、その繰り返しを不器用なりに楽しんで歩んでいこうと思います。まだまだ道半ばですが、ぼちぼちご一緒にお付き合いいただければこれ幸いです。これからもよろしくお願いします。

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親ごさんとの関わりについて ~動ける人がまず動くこと/動かせることから動かすこと~

石田 貴裕

~動ける人がまず動くこと~

今年で23年目を迎える淡路プラッツは元々親ごさん達が立ち上げた団体です。それゆえ若者支援とは言いながらも、半分もしくはそれ以上に親ごさんへの関わりを今も昔も変わらず重要視しています。面談・講座・親の会を通じて親ごさんには“若者本人ができること”だけではなく、“親ができること”にもスポットを当ててお伝えし、時に泣いたり笑ったりぶつかったりもしながら“今家族の誰かができること”をスタッフと共に一緒に考え実践していきます。

それは何のためにでしょう?もちろんそれは若者本人の自立を目指してであり、言うなればそれは同時に家族の自立をも意味しています。ですから、親ごさんもスタッフもスタート時に目指す先は同じであり、若者だって程度の差こそあれ心のどこかでは同じように自立したいと思ったり感じている部分もあるものです(たとえ今はそうは見えなくても)。

その共有目標を胸に、まず親ごさんから若者本人へ、そしていずれ居場所体験から就労体験へ、さらに自立へと向かって出発します。ですが、場合によってはご家族が時間の経過とともにその進み具合の遅さにしびれを切らしてしまったり、即効性のある変化を求めて焦ってしまったり、先の見えない不安感から時間の無駄ではないかと疑心暗鬼になってしまうこともあります。もちろんプラッツも残念ながら万能ではなく、また「自立支援」自体が多少時間のかかる部分もあるので、スタッフとして心苦しく本当に申し訳ないという思いに駆られることもありますが、それ以上に親ごさんは辛く苦しいといった窮地に陥ることだってあります。

そんな時、それでもなお、お伝えしていることがあります。それは、「それでも動ける人が動き続けましょう」という提案です。つい忘れがちな「何のために?」に立ち返り、始めに共有した目標を思い出して、何とか一緒にこの窮地を脱しましょうと。親ごさんも辛い、でも若者本人はもっと辛く苦しく不安で怖くて動けない場合もあり、その場合、若者本人のサポートのために今動ける人は親ごさんだけかもしれないのです。だからこそ、淡路プラッツはまず親ごさんに寄り添うことが本当に大事だと考えています。もちろん若者本人にも寄り添うこと、むしろそれをメインの支援とも考えています。また、「居場所支援」は若者たちのためにあり、スタッフは若者たちとの関わりや繋がりを何より最重要視しています。ですが、誰よりも一番長く彼らに寄り添い続けるのはやはり親ごさんであり、支援機関はあくまでそれをサポートすることしかできません。だからこそプラッツは、ご家族と関わらせていただいている間は、そのご家族の人生と本気で向き合い、若者・家族の自立の形を模索しながら、新たな親子関係を創造しようとされておられる親ごさんに寄り添いたいと考えているのです。

正しい子育ての定義が曖昧なように、ひきこもる若者やご家族に対する正しい関わりや支援というようなものもまた曖昧なものだと思っています。ですが、今までプラッツが関わらせていただいたたくさんのご家族や若者たちとの関わりから、親ごさんが子どもと接する際の「これは避けたほうがいいと思われる関わり方、心の持ち方、姿勢・態度、声のかけ方」などはお伝えすることができます。100%ご自身の家族に当てはめることは難しくても、そこには沢山のヒントやアイデアがあります。それをうまく掴まえて自分の家族に活かすことはとても重要な一歩になると考えています。セミナータイトルにもある通りまさに“親から始まる1歩目”です。それら、いい意味で諸先輩方から引き継いだ“うまくいかなかった関わり”を上手に活用して頂いて、親ごさん自身が行き詰まることなく、決して一人で孤独だと感じることなく、少しでもポジティブでラクに日々過ごせることが何より重要だと感じています。

親ごさん自身が子どもとの関わりの中で、うまくいかなくてもまた立ち上がることができるように、間違ったと思われてもまたやり直せるように。それは“正しい関わり方”を手に入れていただきたい訳ではなく“そのご家族に合った関わり方”を手に入れていただきたいからであり、そこが一番大切なことだと思っています。そして何より、そこに取り組もうとしておられる親ごさんの姿こそが、その後の子どもとの関係性がより良くなっていくことに大きく関わっているような気がしてなりません。

 

~動かせることから動かすこと~

面談・講座・親の会を通じた親ごさんへの関わりは、多かれ少なかれそのご家族が本来個々に持つ「生活習慣」や「家族文化」への働きかけになると思っています。それは言い換えれば、そのご家族の“環境”と“価値観”にアプローチすることに他なりません。これはこちらとしては本当に恐縮な部分もあり、ご家族にとっては「うるさい!大きなお世話だよっ!」という話であり、また、いらんお節介だとも思っています。でも、それでもそこに触れなければ“若者の本音を理解していくこと”とかけ離れていくのもまた事実だと思っています。

「どーせ親に言っても無駄」「わかってもらえない」「今までもそうやったし、伝わるハズがない」「意見を押し付けてくるだけで、勝手やし聞いてくれたことがない」などなど、親に対する気持ちとして実際の若者たちからよく聞く言葉です。これらは果たしてただの不満や悪口でしょうか?パッと聞くと、悪態をついているように聞こえますが、もしかすると本当はただ親に「気持ちをわかってほしい」と思っているのではないでしょうか。心の中で、本当は支えて欲しい、助けて欲しいと思っているのではないでしょうか。ただ、現在の状況では親も子もお互いにそれを素直に言えない関係性が出来上がってしまっている。すなわち個々の家族文化や価値観が邪魔をしてもはや歩み寄れなくなってしまっているのかもしれません。だからこそ、今一度その家族文化や価値観を大きく見渡しながら、何かできることはないだろうか、何か風通しのいい方法はないだろうか、また、どこかに良いヒントやアイデアが転がっていないだろうかなどを、親ごさんと一緒になって考え、探し続けます。同時に、「正直、意味があるんか無いんかイマイチわからんな~」と、親ごさんが感じておられるかもしれない講座や面談にも足を運んでいただきつつ、その中で様々な心境や状況をお聴かせいただいたり実際に試していただきながら、結果の曖昧さやグレイゾーンを含む形でスタッフ共々、時に血眼になって時に必死のパッチで関わり続けるのです(もちろん面談・講座にはものすごく意味はあります)。

もちろん「家族」の事ですので、風通し良くといってもそれは一筋縄ではいかないこともあり、取り組み始めは不器用なものになるかもしれません。ご家族が現状に至るには長い歴史もおありだったはずですので、それを何らか動かそうとするには、やむを得ず“どんくさい関わり”になる場合もあるのではないでしょうか。だって、それが家族であり親子ですもの。親子同士の関わりが、スマートに、スタイリッシュに、なんてそんな今ドキなものにはならないでしょうし、そもそもそんな必要ありませんし、そんなの全然親子同士じゃない、と私は思います。やっぱり親子だから、時にぶつかったり、離れたり、それでもまた歩み寄ったり。例えば、周りからするとどこかいびつな家族関係に見えたり、また他人に言っても理解されないけれど、でも、その親子なりにバランスが取れているような関係性があったり。それでいいんじゃないでしょうか。それが家族であり親子というものだと私は思っています。

ただその中で、年を経て年齢を重ねるとともに家族の関係も自然と変わり、日常を過ごす構成メンバーも自ずと変化していき、例えば、祖父母や兄弟姉妹がいた頃に“当たり前・普通・常識”だった物事や価値観が、今現在は必ずしも当たり前になり得なくなってきている、といった場面もしばしば登場してきます。そんな時、例えば、おせち料理や演歌や様々な風習などの在り方が時代とともに変貌していくように、それぞれのご家族のあり方もまた、その時々に合わせて変貌していけばいいと思うのです。そう考えると、もしかすると少し見かたを変えるだけで、「昔はこうだった」とか「世間体的にはこうだった」などに縛られず、今いる家族一人ひとりにとってベストな関係になるように、日常や価値観のさまざまな部分を見直せる余地があるかもしれません。その中で、もしかすると今まで感じなかったことを感じたり、笑えなかったことが笑えたり、許せなかったことが許せたりすることもあるかもしれません。例えばそこに目を向けてみること、それが「生活習慣」や「家族文化」へ触れることだと思っています。決して無理をすることではなく、広く大きく見渡した時に、可能であれば「動かせることから動かすこと」。それもまた親から始まる第一歩ではないでしょうか。

時代や世代とともにご家族との関わりも変容していきますが、私自身、今までの多くのご家族との関わりがあったからこそ、それに支えられまた裏打ちされて今のこの親ごさんとの関わりに行きついていると感じています。もし、見失ったならまた始めに立ち戻り、若者・家族の自立を見据えて今できること。『動ける人がまず動くこと』『動かせることから動かすこと』。淡路プラッツは、その親ごさんの一歩目に寄り添うところからスタートしたいと思っています。

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「居場所」の役割 ~なぜ居場所が必要か~

石田貴裕

ひきこもる若者たちは、例えば性格的に真面目で素直で優しい人や大人しい人が多く、それゆえいろんなことに気が付いたり気を遣ったりして、苦しくなったりしんどくなったり。例えば、また一方でその真面目さゆえに完璧主義な面があったり、どっかプライドが高かったり、それでいてナイーブだったり臆病だったり打たれ弱いところもあったりして、結果、自信がなくなって人や社会が怖くなったり。

プラッツの「居場所」はそんな若者たちも含め、「何だかしんどいな~、何だか息苦しいな~」と感じている人たちがゆっくりできるための場所であり、ちょっと一休みしてエネルギーを溜めるための場所でもあります。

・居場所のテーマは「経験・コミュニケーション」

居場所のメニューは「コミュニケーション」「レクリエーション」「日常生活体験」の3つがあり、何気ない会話やゲームやスポーツ・アート・音楽・料理・掃除・買い物・イベント・旅行など、「遊び」を通して様々な経験や体験を、自分なりのペースで積み重ねていきます(強制ではありません)。

そこでのテーマは『経験・コミュニケーション』で、スタッフを含むいろいろな人たちとの日々の関わりを通じて、“ユル~い”幅から“濃い~”幅までの人間関係や社会性や他者に対する“慣れ”を身につけていきます。それは言い換えると自分なりの「現実調整」を行うということで、時間と共に例えば、楽しい事もそうでない事も、ノリで超えていける事もそうでない事も、たくさん経験しながらやがて“今の自分”のことを知り、そこから先の自分をイメージして動き出すための大切な期間でもあります。

自信のない若者がどうやって自信をつけるのか?それはひきこもり・ニート・不登校の経験や状態に関係なく、みんなと同じことをやるしかないと思っています。つまり、「経験」を「蓄積」して、それを周りの仲間や大人たちとの関わりで少しずつ「自信」に変えていくこと、それに尽きると思います。時間はかかるかもしれませんが、それが何よりの基本だと思いますし、スキルやHow to等その後いろいろあるのでしょうが、まずは“基本を知っておくこと”が、結果的に一番の近道だと思います。

怖いのは、目安や輪郭やとっかかりもなく“見えないもの”や“想像できないもの”に対峙すること、させられることなんじゃないでしょうか。もっと怖いのは“甘えだ怠けだ”と言われ、“もういい年齢なんだし気合と根性で何とかなるはず”と、一人で盲目的に放り出されることなんじゃないでしょうか。そんなの誰だって怖い。

・「居場所」の役割

居場所の役割は、そんな社会や人に対して若者たちが持つ漠然としたイメージ、ともすれば恐怖にも似たイメージ、すなわち“見えないもの・想像できないもの”を、「経験」というフィルターを通して“目に見えるもの・想像できるもの”というとっかかりのあるものへと転換させていくことにあります。親や他人に与えられた物ではなく、自分で物事を知り喜怒哀楽を感じる中で、例えばぼんやりとした輪郭だけでも見えたり、とっかかりになるものを見つけられれば、若者たちはなんだかんだ取り組み始めたりするんです。ただ、残念ながらこの「経験」だけは親にも誰にも肩代わりは出来ません。だから、居場所では“コケないように”ではなく“コケてからどう立ち上がるか”に重点を置き、いろんなことを経験した実感とともに少しずつ「自信」へと繋げていくことを目指します。そして、場合によっては“挫折体験”にもなりかねないその経験の数々を、場と人の力で“成功体験”へと繋ぎ、落とし込んでいきます。そうやって培って出来るだけ積み重ねた「自信」のタネを、いずれ踏み出す次のテーマ『自立・自活』へとさらに繋げていくために、まずはシンプルに「自分で考え、自分の言葉で話せるようになること」が、居場所支援の大きな流れの先にある目標の一つでもあります。

 ・獲得する大切な“3つのあいまいなこと”

最後に、居場所を通る若者たちが獲得していくもの、身に付けていくものは人それぞれ本当にたくさんあるのですが、代表するものとして3つを挙げます。一つは「打たれ強さ」、もう一つは「受け流す力」、3つ目は「グレイゾーンを受け入れる力」です。

来所当初はとても繊細で感じやすく落ち込んだり、時に自分や他人を責めたりもしながら、まずは居場所に来るのがやっとという状態でスタートする人が多いのですが、いつしか経験と時間と人との関わりが、若者たちのナイーブなガラスのハートをある程度「打たれ強く」し、コケては立ち上がる中で“エエ加減”での「受け流す力」を自分なりに編み出していきます。そして、白でも黒でもなく、0でも100でもない「グレイゾーンを受け入れる力」に取り組み始め、人で例えると“好き・嫌い”“得意・苦手”などはっきり二分したものではなく、“好きでも嫌いでもない人”“得意でも苦手でもないキャラクターの人”としてグレイな部分に置いておける感覚や、程よい距離感を持って人と接することができる力を身に付けていきます。

これらは目には見えにくく、数字にも残りにくい微妙で曖昧な変化ですが、実はこういう事が生きてくうえではとても大切な事であり、ひきこもり・ニートの若者に関わらず、ある意味これ自体が“生きる極意のようなもの”だと思います。同時に、居場所の必要性と役割とは実にこういう部分にあって、目には見えない曖昧な、でも必要な感覚や感情を獲得できる実用的かつ稀有な場だと感じています。

若者たちはそんな“曖昧だけれど大切な3つのこと”を自分なりに獲得していきながら、最初に居場所に来た時よりも、人や社会に対するしんどさや息苦しさを少しずつ緩和して、やがてそこからまた新しい「居場所」を創るようになっていくのです。

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淡路プラッツは『親の居場所』『若者の居場所』

一般的にひきこもり支援をトンネルに例えると、“入口—真ん中—出口”とあり、入口は本人への訪問やアプローチを含む「アウトリーチ支援」、真ん中は居場所やボランティア活動など若者本人が関わる「生活支援」、出口は体験や実習など実際に自立や就労に取り組む「就労支援」となります。

プラッツも同様に“入口—真ん中—出口”という流れで「スモールステップ型の伴走支援」を行っており、各段階に応じてより深く、長く関わる独自の特徴を持っています。

特にトンネルの真ん中部分は見えにくく時間のかかるものですが、今も昔も変わらずプラッツはそのド真ん中の『居場所支援』に重点を置いています。そこではメンバー・スタッフが渾然一体となりながら、時にまったりボチボチと、時に真剣マジモードで、一緒に“遊び”“泣き笑い”“関わりあって”います。
その中で若者たちは「返事が一言から二言になった」、「目が合うようになった」、「笑顔が増えた」など、目に見えにくく分かりにくいものですが、でも確実に経験とともに“自信の基盤”を身につけていきます。

それは逆に言えば、『居場所支援』を通して他者と関わる機会を設ければ、着実に社会性や精神的な自立を身につけることができるということであり、実際スタッフや親御さんはそんな彼らのステップアップを目の当たりにしながらその事を実感していきます。
時間はかかりますが、その過程で若者たちは自分自身のことを知り、やがて“やりたいこと”ばかりではなく“やれること”へと取り組み始め、結果的にテーマは「社会参加から自立・就労」へと変化していきます。
そこで初めて、次の段階の「就労支援」へと移行していきます。

就労支援についてはまた別機会でお伝えするとして、このように『居場所支援』ではがっつりと若者に関わっていきますが、同様に「アウトリーチ支援」では親ごさんとの関わりを重要視しています。訪問に限らず関わり方をもう少し広義に捉え、特に親ごさんへのアプローチが届くように「面談・講座・親の会」の3つのメニューを“出会いのきっかけ”として周知しています。「困っている、誰かに相談しよう」という大きな決断と勇気ある第一歩を何とか次の二歩三歩先につなげ、その先にいる若者本人へつなげるためにまず『親の居場所』であること。それが変わらずプラッツが持ち続けてきた“プラッツらしさ”であり、これからも大事に繋げていきたい伝統だと感じています。

21年目に入り、ここにきてまた毎月の「親の会」の人数も増えてきており10名を超す回もあります。
盛況なのは喜ばしいことですが、それは同時にひきこもりを中心とする“子ども若者問題”が依然解決されることなく深刻化していることを示しています。
社会的にも、一家族的にも問題が深刻なのはわかっています。
わかっていても、それでもなお、親ごさんには笑っていて欲しい、そう思います。
それは「親が笑うことなく若者本人が笑うことはまずない」と感じているからです。
だからプラッツは、親ごさんが安心して話せて、涙の中にも時に笑顔があるような『親にとっての居場所』であることを願い活動しています。

以上、改めて『プラッツは若者本人の居場所であり、親ごさんにとっても居場所であり続けます』ということをお伝えする機会を頂きました。今後、毎月“ゆうほどう”にてスタッフがリレー形式でそれぞれの思いをお伝えしていきます。今後ともよろしくお願いします。

ゆうほどう2013年11月掲載
石田貴裕

カテゴリー: スタッフエッセイ

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トライアルジョブとは?

先月からトライアルジョブを始めた若者が数名いることもあり、ゆうほどうにて再度トライアルジョブについてご説明しようと思います。
“トライアルジョブ”とは淡路プラッツの支援メニューの一つで、簡単に言うと就労実習プログラムです。
しかし、誰でもすぐに参加できる訳ではなく、ある程度”居場所”でのコミュニケーションや生活体験、またスタッフとの信頼関係も築き上げたうえで、そろそろその次を目指そうかという若者を対象に行います。

「働くこと=社会参加・自立・就労」はプラッツに来る若者たちにとって大きな大きなハードルです。
そのことに取り組むにはものすごい勇気と決断が必要ですし、仮に決断したとしてもそこからの具体的な一歩目の踏み出し方がわからないという部分があります。
そこで、就労実習の中でも一番ハードルが低く、プレッシャーの少ないプログラムを目指したのがこの”トライアルジョブ”です(実習先はプラッツと関わりのある市内の八百屋さんや映画館や銭湯や助産院など数箇所の中から選べます)。

トライアルジョブは働くことが目的ではなく、働いている大人を近くで見ることで「働くイメージを持つこと、広げること」を目的としています。
ですから、内容は仕事というよりお手伝いに近いかもしれません。
それでも、人と人との関わりである以上、ある種の責任と精神的プレッシャーはかかることとなります。
そこで、まず始める前に簡単かつシンプルな目標とプランを一緒に立てて、途中で修正も加えながら、目に見える形でのステップアップを図っていきます。

1回2時間、全8回、ドタキャン(当日キャンセル)あり。
最初はスタッフも同行し一緒に働くことで場所や人に慣れていき、2回目以降に段々と一人の時間を増やして、最終的には一人で行って一人で帰ってくることを目標とします。

また、毎回”振り返りミーティング”を行い、出来たことや課題を話し合うことでそれぞれのペースに応じた目標設定が組めることもこのプログラムの大きな特徴です。
体験そのものももちろん重要ですがこの”振り返りミーティング”はもっと重要で、若者がどの部分で悩み、迷っていて、どうやってその課題に取り組んでいくかを一緒に考えていくことがこの”トライアルジョブ”の最大のテーマだと特に感じています。

以上がトライアルジョブの大まかな流れです。始めの一歩のきっかけは難しいですが、やり遂げた若者たちから何らかの変化は感じます。自信とまではいかなくても、重ねた経験の中からイメージは具体的になり、それがまた先に繋がっていきます。
それぞれのペースとタイミングの中でこの”トライアルジョブ”メニューを使って欲しいと思います。

ゆうほどう2010年7月掲載
石田貴裕

カテゴリー: スタッフエッセイ

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出会いの不思議

自分の価値観を広げてくれたり影響を与えてくれたものはたくさんあって、例えば音楽・映画・マンガ・小説・言葉・人・景色など言い出したらキリがない。その中の一つである「出会い」について。

高校3年生の時に女子クラスになった。女子39名、男子7名。聞いた人はいいなーと言うが(特に男性は)、実際にはそんなことはなく女性パワーに圧倒される毎日で、文化祭のクラス発表では多数決で負け(そりゃそうだ)男子が女装をさせられたこともあった。

そんな肩身の狭い男性陣は休み時間も居場所がなく、やむを得ず教室の横にある非常階段の踊り場に集まることとなった(くれぐれも言っておくが女性陣に全く罪はない)。

では、男子7人は仲がいいかと言えぱそうではなく、どこかよそよそしくぎこちない。
なぜなら、第一に1、2年で同じクラスだった人がほとんどいない、いてもグループが違っていて話したことがない。
第二に思春期特有の面倒臭さも手伝って、話して深める努力をしたくない。
第三に、これはたぶん全員が思っていたことだが、「もし男子20人クラスやったらお前とは友達にならないね、だってキャラ違うもん」という姿勢だったからだ。

とはいえ毎日の圧倒的女子パワーの前に肩を寄せ合うしかない男性陣は、いつしかお互いを少しずつ理解しようと努力を始めだした。
すると確かにキャラが違う、性格もイマイチわからん、間が合わない、趣味もズレてるし、もう意味わからん。毎日が”合わないこと””認められないこと”だらけで、うまく交わらない日々が続いていった。
しかし、人というのは不思議なもんで段々慣れというのが出てくる。
相変わらずよくわからんなーという部分はありつつも、ん?…でも、ここはわかるかも。なるほど、ここは面白いな。あー、そういう考え方もあるか。別に悪い奴じゃないなあ、と少しずつ思うようになっていった。
その変化に自分自身もとまどいながら、でも同時に新しい考え方を知ることや自分の幅が広がっていくことに喜びを覚えたりもした。

あれから十数年経つが、他の”合うと思っていた入たち”よりも”変テコなキャラの男子たち”の方が結果的に自分の数少ない友人として今でも残っていることを、不思議に思うと同時に今ではとても感謝している。
やはり思い込みよりも体験をもって実感したことの方が残る、ということを身をもって知ったからだ。

そして現在僕はプラッツの居場所で、あの女子クラスだった時の体験をヒントにしながら、若者たちと関わっている。多くの若者が居場所に友達を求めてやってくるが(そうなればいいと僕も思うが)、それは確約できない。居場所は友達を作る場所というよりも、やはりいろいろな人と関わる場所であり、自分に気づき広げる場所なんだと思う。
最初はそのことに戸惑うかもしれない。でも、それは決してしんどいことなんかではなく、結果的に楽しみながらあなたの可能性を広げることが出来るいい機会であり、出会いなんだと僕は思う。
そんな出会いの不思議をこれからも伝えていきたいと思うし、それがスタッフの役割だと僕は思っている。

ゆうほどう2010年6月掲載
石田貴裕

カテゴリー: スタッフエッセイ

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雑談

雑談とは?多くの若者に聞いてみたところ「わからない」とか「難しい」とか「苦手」と感じている人が圧倒的に多く、得意と答える人はまずいない。
ある若者は、仕事は出来るけど昼休みの雑談のことを考えると苦痛に感じて働けない、とさえ言う。
では、雑談は必要ないかというとほとんどの人がでもそれは必要と答える。
では、雑談とは?ためしに辞書を引いてみると天気の話やニュースの話とは書いておらず、「はっきりした目的もまとまりもない話を気楽にすること」とある。
なるほど、この「気楽に」という一言が、若者のみならず大人も含めた雑談を苦手と言う人たちのハードルを上げるキーワードになっているようだ。

プラッツの仕事とは別に若者サポートステーションのセミナーをお手伝いする機会が時々ある。
その中で僕は雑談のコーナーを担当しており、そこには毎回10人前後の若者が集まるのだが、初めて参加する彼らは気楽とはほど遠く緊張の固まりで頑張って参加し、話をする。
誰からも嫌われてはいけないというプレッシャーと戦いながら会話し、間違ってはいけないというプレッシャーも抱えながら正しいことを言おうとする。
あるいは、浮いてしまわないようにとか話題の無さが露呈しないようにと考え過ぎてあまり喋らない。
すると、会話は途切れ気まずい沈黙が流れる。いずれも気楽ではなく、その頑張りすぎるくらい頑張る姿が痛々しくもある。

そんな彼らに最初に伝えることの一つに「参加者全員が仲良くする必要はない」というのがある。
当たり前のことだが、みんな嫌われたくはないのでもちろん仲良くすることを目指す。
しかしこれ自体が「みんなと仲良く出来なければどうしよう」というプレッシャーを生み、結果的に雑談の練習どころではないという悪循環を生んでしまう。
では、彼らが目指す実際の社会はどうかというと全員が仲良しではなくいろんな人がいて、合う人と合わない人というのが必ず存在する。
しかし合わない人のことが嫌いかというとそうではなく、ただ合わないというだけだ。
仮にその人が味方じゃなかったとしても無理に敵にする必要はなく 「合わない人=敵でも味方でもない人」として社会では遣り過ごすのだが、そのことを知らない若者は意外と多い。
だから最初に先の説明とともに全員が仲良くする必要はない事を伝えると、少し雑談が気楽になる要素になるようだ。

他にも伝えることはいくつかあるが、いずれもスキルとしての概念なのでそればかりに捉われていては雑談にはならない。
そもそも正しい雑談の方法などはなく、実際は経験を重ねる中から自分で獲得していってもらうことになるのだが、練習を続ける中で自分なりのコツやスタンスを見出す若者も少なくない。
その姿を見ていると、やはり人に教えられるよりも自分で見つけた経験の方がはるかに自信になるのだということを改めて実感する。

今の自分に出来ることは雑談の方法を教えることではなく、気楽に雑談の練習が出来る場所作りと参加する若者との気楽な関係性作りだと思っている。

ゆうほどう2009年6月掲載
石田貴裕

カテゴリー: スタッフエッセイ

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